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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

Silver Blaze 白銀の失踪 4

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 タヴィストックの小さな市《まち》へ着いたのはもう夕方であった。タヴィストックはまるで楯の中央の突起のように、ダートムアの荒漠たる土地の中央にぽつんと存在する小さな市《まち》である。
着いてみると、二人の紳士が停車場まで迎えに来ていた。一人は背の高い色の白い人で、獅子のような頭髪と顎髭とを持ち、明るい青色の眼には妙に射るような光があった。もう一人は小柄できびきびした人で、フロックにゲートルというきちんとした身装《みなり》で、短く刈込んだ頬髯を持ち眼鏡をかけていた。
前者は、近頃英国探偵界にメキメキ男をあげて来たグレゴリ警部、後者は運動家として有名なロス大佐である。
「ホームズさん、あなたの御出張を得ましたことは欣快の至りです」 大佐が挨拶をした。
「ここにおいでの警部殿も出来るだけの手をつくして下すっていますが、気の毒なストレーカの復讐のため、かつは馬を取戻すためには草の根を分け石を起し、あらゆることをやってみたいと思って、それであなたの御出張をお願いいたした次第です」
「その後何か新発見でもおありでしたか?」 ホームズが訊ねた。
「残念ながらほとんど進展してはいません」 警部が引取って答えた。
「出口に無蓋馬車の用意をして来ましたから、暗くならない中《うち》に、何より先きに現場をごらんになりたいでしょうから、委しいことは馬車の中で申し上げることにしましょう」
 一分間の後、私たちは乗心地のよい回転馬車《ランドウ》に座を占めて、見馴れぬ古風なデヴォンシャの市を駆《かけ》らせていた。
グレゴリ警部は今度の事件で胸一杯だったと見え、話は後から後へと迸り出た。それに対してホームズは時々質問や間投詞を挟んだ。
ロス大佐は腕を拱《こまね》いて反身《そりみ》に座席に身をもたせて、帽子を眼のあたりまですべらせ黙々として耳を傾けていた。私は二人の探偵の対話をいと興味深く聴いていた。
グレゴリは自分の意見をも述べていたが、それは来がけの汽車の中でいったホームズの言葉とほとんど変らなかった。
「フィツロイ・シムソンはそういうわけで、四囲の状況が非常に不利なわけです。私一個としても彼が犯人であることを信じています。
同時に、その証拠が全く情況証拠ばかりですから、何か新事実が現われればいつでもこの嫌疑は覆えされるものであるということも認めなければなりませんが」
「ストレーカのナイフについてのお考えは?」
「あれはストレーカが倒れる時、自分で自分を傷つけたための血痕だと決定しました。」
「ワトソン君も来る途中で、そうじゃないかしらといっていましたが、それが事実だとすると、シムソンにとっては不利な材料になるわけですね」
「その通りです。シムソンはナイフも持っていなければ、身体に傷一つなかったです。
彼に対しては極めて有力な不利な証拠があります。
第一に白銀の消失は彼に莫大な利益をもたらします。
彼には厩番のハンタに薬を盛った嫌疑があります。同夜雨が降り出してから屋外にいたことも争われぬ事実です。兇器としては太いステッキを持っていました。そして最後に、死人が彼の襟飾《ネクタイ》を掴んでいました。
これだけ材料があれば、十分陪審員たちを承伏させることが出来るに違いありません」
 ホームズは首を傾げて、「上手な弁護士にかかったらそれくらいのことは難なく論破されてしまうでしょうね。
シムソンはなぜ白銀を厩舎の外へつれ出さなければならなかったんですか? 
傷つけて競馬に出られなくしたければ厩舎の中でも出来ることじゃないですか? 
捕えられた時、厩舎の合鍵を持っていましたか? 
阿片末を売り渡したのはどこの薬種商です? 
とりわけ土地不案内なシムソンが、馬のような大きなものを、しかもこうした有名な馬をどこへかくせるというんです? 上手な弁護士ならこれ等の点を捕えて、巧みに論破してしまうでしょう。
シムソンは女中に頼んで厩舎に届けさせようとした紙片《かみきれ》を何んだといってるんですか?」
「十ポンドの紙幣だったといっています。
そういえばポケットの中へ十ポンドの紙幣を一枚持っていました。
しかし、あなたの仰しゃった反駁はそう有力なものとも思われませんね。
シムソンは土地不案内の者じゃないです。
夏時分二度、タヴィストックに泊っていたことがあります。
阿片はおそらくロンドンから持って来たものでしょう。
合鍵は目的を達した上は、どこへかすててしまったものと考えられます。
馬はどこか荒地《あれち》の中の凹みか、廃坑の中に殺されているかもしれません」
「襟飾《ネクタイ》のことはどう弁明していますか?」
「自分のものには相違ないけれど、遺失したのだといっています。
しかし、シムソンが馬をつれ出したのだという新らしい事実が一つ発見されています」
 ホームズは急に聞耳を立てた。
兇行のあった月曜の夜。兇行の演じられた場所から一哩と離れないところでジプシーの一群がキャンプした跡を発見しました。月曜日に彼等は天幕を張って、火曜日に出発してしまったのです。
そこで、ジプシーとシムソンとの間にある了解があったものとすると、シムソンはジプシーのいるところまで馬をつれて行く途中をストレーカに追いつかれた、で、馬はいまジプシー達の手にあるのだと考えられなくもありますまい?」
「たしかに有り得ないことではありませんね」
「いまこのジプシーの行方を尋ねて荒地を捜索中です。
同時にタヴィストックを中心に、十哩の円を描いてその中にある厩という厩、小舎という小舎をことごとく調べました」
「すぐ附近にも一つ調馬場があるということでしたね?」
「あります。その調馬場も見逃してはならないものの一つです。
そこにいるデスボロという馬は第二の人気馬なんですから、白銀が失踪すれば非常な利益を得るわけです。
そこの調馬師のサイラス・ブラウンという男は自分の方の馬に大金を賭けているということですが、死んだストレーカとも仲がよくなかったともいいます。
で、一応その厩舎をも調べてはみましたが、この事件に関係のありそうなものは何一つ見付かりませんでした。」
「そのケープルトンの調馬師の利害とシムソンと何か関係はないんですか?」
「全然ありません」
 ホームズは後方へ寄りかかった。そして話はそれ切りきれてしまった。
その間も馬車はとめどなく駈けていたが、まもなく道路に面して立っている軒の長くつき出た小じんまりとした赤煉瓦の別荘風の家の前へ停められた。
少し離れて調馬場があり、その向うには灰色の屋根を持った建物――厩舎が見えていた。
どっちを見ても枯れ羊歯で、ブロンズに色づけられた荒地《こうち》がゆるやかな起伏をなして地平線の果てまでつづき、眼を遮ぎるものとてはただタヴィストックの教会の尖塔と、ケープルトンの調馬場だけだという家々が遥か西の方に群がっているのみである。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami
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