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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

Silver Blaze 白銀の失踪 5

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
私達は馬車から飛び降りたが、ホームズだけは依然として前方の空を見つめたまま降りようともせず、座席に身を埋《うず》めてじっと深く瞑想に耽っていた。
私が腕をゆすぶって注意すると、やっと気がついて慌てて飛び降りて、
「御免下さい」 と、呆気にとられて顔を見つめていたロス大佐に向って、
「白昼夢を見ていたもんですからつい」
 と弁解したが、その眼には一種の輝きを帯び、その態度には昂奮が見えた。彼の性癖をよく知っている私には、それを見て、たしかにある手懸りを得たのだということが分った。ただし、その手懸りが果して何んであるかはさっぱり見当はつかなかったけれど。
「ホームズさん、すぐに兇行の現場へいらっしゃるんでしょうね?」 グレゴリ警部が訊ねた。
「いや、それよりもしばらくここにいて二三の細目について訊ねたいと思います。
ストレーカの死体はいったんここへつれて帰ったんでしょうね?」
「そうです。まだ二階に置いてあります。検死は明日ですから」
「ストレーカは永年あなたのところに働いていたんですか、ロスさん?」
「はい、いつもよく働いてくれました」
「警部さん、ストレーカの死体のポケットに何が入っていたか、お調べだったでしょうね?」
「ごらんになるなら居間の方に全部まとめてありますから」
「ぜひ見せていただきたいものです」
私達一同は表の間へ通って、中央のテーブルを囲んでそれぞれ席についた。すると、グレゴリ警部は四角い小さなブリキの函《はこ》を取出し、鍵で蓋をとっていろいろな品物を私達の前へ並べてみせた。
蝋マッチが一箱、二吋《インチ》ほどの獣脂蝋燭が一つ、A・D・印のブライヤのパイプに長刻みのカヴェンデッシュ煙草を半オンスばかりつめた海豹《いるか》皮の煙草入れ、金鎖のついた銀時計、金貨で五ソヴリン、アルミニュウムの鉛筆さし、書附二三通、『ロンドン、ワイス会社製』と刻印された非常に細く鋭い、それでいて曲りにくい刄を持った象牙柄のナイフが一つ。
「これは非常に変ったナイフだ」 ホームズはナイフをとり上げて、うら返してじっと見ながらいった。
「血がついているようですが、ストレーカが握っていたというのはこれなんですか? 
ワトソン君、このナイフはむしろ君の領分らしいね」
「これは医者の方で白内障《そこひ》メスという奴だ」
「そうだと思った。極めて緻密な仕事をするために、極めて尖鋭に作られているんだ。
荒っぽい仕事をしに出て行った男が、こんなものを持っていたというのは不思議ですね。殊にポケットにかくすわけにもゆかないこんなものを」
「現に死体の傍に落ちていましたが、刄の先はコルクを当ててあったんです」 警部がいった。
「妻君の話では、このナイフは前から化粧台の上に置いてあったのを、出がけにストレーカが握って行ったんだということです。
護身用としても、攻撃用としても貧弱なことは貧弱ですが、その時手近にあったもののうちでは、これが一番よかったんでしょう」
「そんなことでしょうね。この書附はどうですか?」
「その中《うち》三枚は乾草商人の清算書で、受取済になっています。
一つはロス大佐からの命令の手紙で、
もう一枚残っているのはロンドンのボンド街のマダム・ルスリエという帽飾店から、ウィリアム・ダービシャ宛に出した、合計三十七ポンド十五シルの勘定書です。
ストレーカの妻君の話によれば、ダーヴィシャというのは夫の友達で、ここへもちょいちょいダーヴィシャ宛に手紙が来たということです」
「ダーヴィシャ夫人の帽子だとすると、夫人はなかなか贅沢家だな」 と、ホームズは勘定書を眺めながらいった。
「一枚の着物に二十二ギンもかけるとは、ちと奢りすぎる。
しかし、これでここはもう済んだようですから、今度は兇行の現場を見せてもらいましょうか」
 居間からどやどやと出て行くと、廊下に一人の婦人が待ち構えていたのがつかつかと進んで来てグレゴリ警部の腕に手をかけた。
憔悴し切った顔に焦慮しているらしい胸の中《うち》をそのまま現わして、まだおどおどと恐ろしそうにしている。
「あの、捕まったんですか?」
「いや、まだですよ奥さん。しかし、このホームズさんがロンドンからわざわざ加勢に来て下さいましたから、一同で出来るだけはやってみるつもりです」
「ああ、あなたにはいつぞやプリマスで園遊会の時お目にかかりましたね、ストレーカさん」 と、ホームズはいった。
「さあ、いいえ、それは何かのお間違いでございましょう」
「おや、そうですかいやいやたしかにお目にかかりましたよ。
あの時あなたは鳩色絹の服に駝鳥の羽根の飾りをつけて、来ていらしったじゃありませんか」
「いいえ、私はそんな服はもってはおりません」
「ああ、それでは間違いでした」
 ホームズはちょっと失礼を詑びて、警部を追って外へ出た。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami
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