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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

Silver Blaze 白銀の失踪 7

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「想像力の有難味が分るだろう? 
グレゴリにはこの素質だけが欠けているんだ。
我々が想像力を働かして事件を仮定し、その仮定に従って取調べの歩を進めた結果、その仮定の正しかったことを確めたんだ。
さ、行ってみよう」
 私達はじめじめした凹地を越えて、乾いて固い草土を四分の一哩ばかり歩いて行った。
と、再び土地の傾斜しているところがあり、そこにも馬蹄の跡があった。
また半哩ばかり何んにもなくて、ケープルトンにかなり近くなってからまたまた発見された。
それを最初に発見したのはホームズであったが、彼は得意げにそれを指さして見せた。
馬蹄の跡に並んで、男の靴あとが明らかに認められたのである。
「これまでは馬だけだったのに!」 私は思わずに走った。
「その通りさ。今までは馬だけだったんだ。や、や、これはどうだ!」
 人と馬との足跡はそこで急に方向を転じて、キングス・パイランドの方へ向っていたのである。
ホームズは呻吟したが、そのままその足跡を追って新らしい方向へ歩き出した。
そして、彼はじっと足跡ばかり見て歩いたが、私はふと横の方に眼をやってみると、驚いたことには、少し離れたところに同じ足跡が、再びケープルトンの方へ向っているのを発見した。
私がそれを注意すると、ホームズは、「ワトソン君、お手柄だ! 
おかげでうんと無駄足をふまされるのが助かった。
さ、あの足跡を辿って進もう」
 そこから先きはあまり歩かなくともよかった。
足跡はケープルトン調馬場の厩舎の入口に通ずるアスファルト舗装の道路の前でつきていたのである。
そこまで歩いて行くと、厩舎から一人の馬丁が飛び出して来た。
「ここは用のない者の来るところじゃねえだよ」
「いや、ちょっとものを伺いたいのだがね」 ホームズは二本の指をチョッキのポケットへ入れていった。
「明日の朝五時に来たいと思うんだけれど、サイラス・ブラウンさんに会うにはちと早すぎるかね?」
「ようがしょうとも。来さえすれば会えますだ。旦那はいつでも朝は一番に起きるだから。
だが、そういえば旦那が出て来ましたぜ。お前さまじかにきいてみなさるがいいだ。
はあれ、とんでもねえ、お前さまからお金貰ったことが分れば、たちまちお払い箱だあ。後で――なんなら後でね」
 シャーロック・ホームズがいったん出した半クラウン銀貨をポケットへ納めると、そこへ怖い顔をした年輩の男が、猟用の鞭を振り振り大跨《おおまた》に門から出て来た。
「どうしたんだ、ドウソン? 
べちゃべちゃと喋らずと、早く仕事を片付けるんだ! そして君達は? 一体何の用があってこんなところへ来たんですい?」
「御主人、ちょっと十分ばかりお話がしたいんですが」 ホームズはニコニコしていった。
「用もねえのにうろうろしてるような者の相手になってる暇はおれにゃねえな。
ここは知らねえ者の来るところじゃねえ。
さっさと帰った帰った。帰らねえと犬を嗾《け》しかけるぞ」
 ホームズは上半身を前へ曲げるようにして、調馬師の耳へ何か囁いた。
と、ブラウンはぎくりとして、生際《はえぎわ》まで真赤になった。
「嘘だッ! それあとんでもねえ大うそだッ!」
「よろしい! それじゃここで大きな声でそれを証拠立ててみようか? それとも中へ入って客間で静かに話し合いますか?」
「いや、それじゃ中へ入ってもらいましょうか」 ホームズはニヤリとして、
「ワトソン君、ほんの二三分間で出て来るからね。
じゃブラウンさん、お言葉に従って中へ入れてもらいましょうか」
 二三分間といったのが、きっかり二十分はかかった。
ホームズがブラウンとつれ立って出て来た時には、夕映《ゆうばえ》は消え去って、四辺《あたり》は灰色の黄昏が迫りかけていた。たった二十分の間に、サイラス・ブラウンの変りようったらなかった。
顔の色といったら灰のように蒼ざめ、額には汗の玉を浮べ、手に持つ猟鞭は嵐の中の小枝のようにゆらいでいた。
そして横暴で尊大なさっきの態度はどこへやら、まるで主人に仕える忠実な犬のように、ホームズの側でかしこまっている有様だった。
「それではお指図の通りに致します。必ず致しますから」
「必ず間違わないようにしてもらいたい」 ホームズはブラウンをじろじろ眺めながらいった。
 ブラウンはホームズの視線に威圧されて、ぱちぱちと瞬きをした。
「はいはい、決して間違いは致しません。必ず出します。それからあれは初めから変えておきましょうか、それともまた――」
 ホームズはちょっと考えていたが、急に噴き出して、
「いや、そのままがいい。それについては後で手紙を出そう。もう狡《ず》るいことをするじゃないよ。さもないと――」
「大丈夫です! どうぞ私を信じて下さい」「当日はあくまでもお前さんのもののように扱ってくれないと困る」「どうぞ私にお任せ下さい」
「よろしい、安心していよう。では明日手紙を上げるから」
 ホームズはブラウンが震える手をのべて握手を求めたのを構わずに、くるりと向きを代えてそのまま私と一緒にキングス・パイランドの方へ帰って行った。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami
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