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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「この手紙は――いや、明日の朝まで名前は伏せておいたほうがフェアというものかもしれませんな。
でも、そのときにはこの方のご主人の手にわたっているわけです。
それもすべて、この貴婦人が自分のダイアモンドをひとつ、模造品にかえればすむくらいのはした金を準備しようとしないせいですよ。
まったく残念なことですな。
ところで、ミス・マイルズ議員令嬢とドーキング大佐の婚約がとつぜん終わりを迎えたのは覚えておられますね? 
結婚式のほんの二日前のモーニングポストが、一段落ほどのスペースで扱っていましたが。
さて、なぜでしょう? 
おおよそ信じがたいことですが、二百ポンドという馬鹿げた金額ですべて丸く収まっていたはずなのですよ。
残念なことではありませんか。
そしていまここで、あなたのような分別あるお方が条件についてぐずぐずしておられる。依頼人の未来と名誉が危機にさらされているというのに。
まったく驚きましたよ、ミスター・ホームズ」
「ほんとうのことをお話しているのですがね」とホームズは言った。
「そんな大金は用意できません。
私が申し上げた金額で手を打たれたほうが賢明ではありませんか? この女性の経歴に傷をつけるよりもね。そんなことをしてもなんの得にもなりません」
「そこのところ、勘違いなさっておいでですな、ミスター・ホームズ。
あるスキャンダルがあらわになったとします。そうなると、それとは違う方面で少なからずこちらの利益になるでしょうね。
いま計画中の似たようなケースが八から十件ほどあります。
私がレディ・エヴァに対して厳格な対応をしたという例が彼らの耳に入ってくれれば、私の仕事はもっともっとやりやすくなることでしょう。お分かりですか?」
 ホームズは椅子から飛びあがった。
「後ろにまわれ、ワトスン! 部屋から出すな! 
さあ、そのノートを見せてもらいましょうか」
 ミルヴァートンはねずみのようにすばしっこくたちまわり、壁を背にした。
「ミスター・ホームズ、ミスター・ホームズ!」ミルヴァートンは上着の前を返した。内ポケットから大型のリボルバーがのぞいている。
「なにか独創的なことをやっていただけるものと期待しておったんですがね。
こんなのはありふれたやりくちですよ。うまくいきっこありませんて。
私は完全武装ですし、遠慮なく武器を使わせていただきますよ。法律はこっちの味方ですからね。
それに、このノートに問題の手紙をはさんできたなんて、勘違いもはなはだしい。
そんな馬鹿なまねはしませんよ。
それではみなさん、今夜はまだ二、三約束がありますし、ハムステッドまでは遠い道のりですから、これで失礼いたしますよ」
ミルヴァートンは足を踏み出し、コートをとりあげて、リボルバーに手をかけたままドアの方に向き直った。
私は椅子をすこし持ち上げたが、ホームズが首を横にふってみせたのでもとにもどした。
ミルヴァートンは会釈し、微笑し、目をしばたかせると、部屋を出ていった。数分後、我々は彼の馬車が走り去っていくのを耳にした。
 ホームズは暖炉のそばにじっと座っていた。両手をズボンのポケットに深く突っこみ、あごを胸につけて、赤熱する燃えさしを見つめていた。
半時間、そのまま何も言わずにいた。
それからなにかを心に決めたようなそぶりで椅子からはねおきると、ベッドルームに入っていった。
その後すぐに、そこから、やぎひげをはやした小粋な若い労働者が出てきて、表に通じる階段を降りようとしたが、その前にランプでパイプに火をつけた。
そして「そのうちもどるよ、ワトスン」と言うと、夜の闇に溶け込んでいった。
ホームズはチャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンに対する作戦を開始したのだ。しかし、その作戦があのような形をとるとは夢にも思わなかった。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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