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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン 7

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
ミルヴァートンが立ちあがってドアを開ける。
「さて」と、ミルヴァートンはぶっきらぼうに言った。「三十分近く遅れましたな」
 これで、ドアがロックされておらず、ミルヴァートンが夜まで寝ずにいたことの説明がついた。
女ものの服の衣擦れの音がした。
ミルヴァートンの顔がこちらを向いているときはカーテンの隙間を閉ざしていた我々も、いまふたたび、慎重に開きなおした。
ミルヴァートンは先ほどと同じ椅子に座り、葉巻を、角度的にいって、突きあげるように口にくわえているようだ。
彼の正面には、電灯のまばゆい光に照らされて、背が高くてスリムな、黒づくめの女性が立っていた。ヴェールが顔をおおっていて、マントがあごのあたりにまで巻きつけられている。
呼吸がひどくあらく、全身くまなく感情的に震えていた。
「さて」とミルヴァートンが言った。「ほんとうならもうぐっすり眠っている時間なんですよ、私は。
それだけの価値があるよう願いたいものです。
もっと別の時間にこられたんじゃありませんか?」
 その女性はかぶりをふった。
「まあ、無理なものは無理ですからね。
伯爵婦人がひどいご主人だというのでしたら、いまこそ仕返しをするチャンスというものです。
おやおや、いったいなにをそんなに震えているのです? 
だいじょうぶ、しっかりなさい! 
さ、ビジネスの話にうつりましょう」
そう言うと、ミルヴァートンは机の引出しからノートを一冊とりだした。
「五通、ダルベール伯爵婦人が書いた手紙をお持ちということでした。
あなたはそれを売りたい。私はそれを買いたい。ここまではけっこう。
あとは値段を決めるだけです。
もちろん、手紙の内容はチェックさせてくださいますね。
もしそれがほんとうに役にたつようであれば――なッ、あなたは!」
 その女性は黙ってヴェールをあげ、マントをおろした。
浅黒いが美しい、目鼻立ちのはっきりとした顔が現れて、ミルヴァートンと向かい合った。優美な鼻、黒々とした力強い眉、その眉が作る影の中でぎらりと輝く瞳、一文字に結ばれた唇の薄い口。物騒な微笑を浮かべている。
「そう、わたくし。おまえのせいで人生をめちゃくちゃにされてしまった女」
 ミルヴァートンは笑い飛ばしたが、その声は恐怖に震えていた。
「そちらが頑固すぎたのですよ。
なぜ私にあんな極端な真似をさせたんです?
 言っておきますが、私はひとりじゃハエ一匹殺せませんけれども、人間には仕事があるんです。私に何ができたというのです?
 私はちゃんと、そちらの手の届く範囲で値段をおつけしました。あなたはお支払いになろうとしませんでした」
「そこでおまえは夫にあの手紙を送りつけました。夫は、わたくしなど靴紐を結んでさしあげるほどの価値もない、りっぱなりっぱな紳士でした。手紙を受け取った夫は心痛のあまり亡くなりました。
おぼえていますね、あの最後の晩、あそこのドアを通ってここにきたわたくしが、おまえの慈悲をこいもとめ、すがりついたときのことを。おまえは笑った。いまも同じように笑おうとしている。いくじのないせいでひどく唇がゆがんでいますけどね?
 ええ、わたくしとこうしてまた会おうとはまったく思いもよらなかったことでしょうからね。けれどもあの晩、どうすればおまえと一対一で会えるものか、教えられたのよ。
さあチャールズ・ミルヴァートン、何か言いたいことはありまして?」
「私に手を出せるなんて思わないことです」と言ってミルヴァートンは立ちあがった。
「ただ声をあげるだけで召使いがやってきてあなたを捕まえてくれましょうから。
ですが、そちらのお怒りもごもっともです。
許してあげますから、さっさと今きたところからでておゆきなさい。あとは黙っておきましょう」
 女は胸元に手を入れて立ちあがり、先ほどと同じ恐ろしい微笑を口元にうかべた。
「おまえにはもう他人の人生をめちゃくちゃにさせはしない。
わたくしの二の舞にさせはしない。
世界を害虫から守るのだ。
これでもくらえ、犬め、これでもか!――これでもか!――これでもか!」
 女は底光りする小さなリボルバーをとりだすと、ミルヴァートンの体に次々と弾丸をうちこんだ。銃口からミルヴァートンのシャツまで六十センチ足らずであったろう。
ミルヴァートンはたじろぎ、はげしくせきこみながら前のめりになって机のうえに倒れこみ、書類をかきむしった。
それからよろめきながら立ちあがったところでもう一発受け、床に転がった。
そして「やったな!」と叫んだきり、静かに横たわった。
女はじっとミルヴァートンを見つめていたが、やがてあおむけの顔をかかとでふみにじった。
そしてふたたび見おろしたが、ミルヴァートンはもはやうめきもせず、ぴくりとも動かなかった。
するどい衣擦れの音がして、熱い室内に夜風が吹きこむ。そして、復讐者は去った。
 我々がどう割ってはいってもあの男を悲運から救うことはできなかったであろう。だが私は、女がミルヴァートンのよろめいたところにたてつづけに弾丸を撃ちこんだときには、飛び出していこうとした。そんな私の手首を、ホームズの冷たい手が握りしめた。
そのしっかりとした握り方が言わんとすることすべてを私は理解した――つまりそれは我々に関係のないことであり、つまりそれは悪に裁きがくだされたということであり、つまりそれは我々には我々の見失ってはならない義務と目的があるということだった。
だが女が部屋を飛び出したとたんホームズは、すばやくしずかな足取りで廊下へのドアに飛びつき、
その瞬間、家の中から声が聞こえ、急ぎ足で向かってくる足音がした。
銃声が家のものを起こしてしまったのだ。
非のうちどころのない冷静さで、ホームズは金庫にすりより、手紙の束を腕一杯に抱えこんでからそれを暖炉に放りこんだ。
くりかえしくりかえし、金庫が空になるまで。
だれかがノブをがちゃがちゃ回し、ドアを外から叩いている。
ホームズがすばやくあたりを見まわした。
ミルヴァートンにとって死神のメッセージとなった手紙が、血まみれになって机のうえに残されていた。
ホームズはその手紙も燃え盛る手紙の山に投げこんだ。
それから外にでるドアの鍵をとりあげると、私につづいてそのドアをくぐり、外側から鍵をかけた。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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