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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ コレクション 最後の挨拶

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Sherlock Holmes Collection His Last Bow シャーロック・ホームズ コレクション 最後の挨拶

The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「自分の身に起こった事態は把握している。
スマトラのクーリー病だ――オランダ人の方が詳しいだろうが、それでもいまだに不明なことが多い。
だがこれだけは確かだ。致死率が極めて高く、人に伝染しやすい。」
 ホームズはまさに熱にうなされつつも、言葉を吐き、長い手をふるわせながら私に下がれと合図をする。
「接触感染するんだ、ワトソン――接触なんだ、近寄らなければ心配ない。」
「まったく、ホームズ! 私がそんなことを気にするとでも、本気で思ってるのかね! 
見ず知らずの人でも何ともない。
そんなことで、古なじみの義務を放棄するわけないではないか。」
 前へ踏み出そうとすると、鬼の形相ではねつける。
「じっとするなら話をする。できなければ部屋を出てくれ。」
 ホームズは世間の人々とは違う。その点はたぶんに尊重してきたので、意味が分からなくても、今まで彼の思うところには従ってきた。
だが今回ばかりは医者としての使命がある。
他の場所ならどこでも私は付き従うが、少なくとも病室では私の言うことを聞いてもらう。
「ホームズ。」と私は言った。「いつもとは違う。
病人は子どもに過ぎない。だから診察する。好もうと好まざるとも、症状を診て君に手当を施す。」
 ホームズは私のことを敵意むき出しで見つめる。
「どうしても医者にかからねばならぬのなら、せめて頼るになる奴にかからせてくれ。」と言うのだ。
「では、私では不足と?」
「友情については頼りにしてる。だが事実は事実だ、ワトソン、つまるところ、君はごく限られた経験と並の免状しかない普通の開業医に過ぎない。
あまり言いたくはないが、どうしてもと言うならやむを得ない。」
 私はひどく傷ついた。
「君らしくもない言葉だ、ホームズ。
今ので君の神経の状態がはっきりした。
だが、頼りないと言われたものを押しつけるつもりもない。
ジャスパ・ミーク勲士かペンローズ・フィッシャなり、このロンドンにいる適当な人物を連れてこよう。
いいかい、誰かしらには診てもらう、これは決まりだ。
私がここに突っ立ったまま、自分で診ることも誰かを連れてきて診てもらうこともなく、見殺しに出来ると思ったら、とんだ見込み違いだ。」
「善意だとは思うが、ワトソン。」病人はむせびともわめきともつかない声を立てる。
「君が無知と立証しようか? 
知っているのかね、ほら、タパヌリ熱を? 
黒色台湾熱が分かると言うのかね?」
「どちらも初耳だ。」
「病気という問題が多数、奇病がいくつも潜んでいるのだ、東洋には。ワトソン。」
一文一文を息を継いでは言う。
「犯罪医学方面の調べものをしているうち、知識がついた。
そのさなかに、この病にかかったのだ。君には手に負えない。」
「かもしれん。だが、ちょうどアインストリ博士がロンドンにご滞在だそうだ。今の熱帯病の第一人者だよ。
もう抗議は受け付けない。ホームズ、今すぐにでも連れてくる。」
と私は決心して扉の方を向く。
 このときほど肝を抜かれたことはない。
刹那、虎のように飛び抜けて、この瀕死の病人が行く手を遮ったのだ。
カチャリと鍵をかけ、次の瞬間には、よろよろと寝台に引き返し、ない力を無理に振り絞ったため、あえぎながらぐったりとする。
「まさか力づくで鍵を取りはしないね、ワトソン。こっちのものだ。
出られぬよ、僕がいいと言うまで外に出さない。
だが話は聞くつもりだ。」
(と一気に言葉を吐いた。合間にはひどく苦しそうに息をする。)
「君は心から僕の親身になっている。
もちろん承知している。
呼んできてもいいが、体力が戻るまで余裕をくれ。今は待て、ワトソン、今は駄目だ。四時か。六時には出てもいい。」
「正気を失ってるね、ホームズ。」
「ほんの二時間だ、ワトソン。六時に出る、約束しよう。おとなしく待ってくれるか。」
「どう答えても一緒だろう?」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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