HOMEAOZORA BUNKOThe Return of Sherlock Holmes

ホーム青空文庫シャーロック・ホームズの帰還

※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
  右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
で日本語訳を表示します。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。

The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of The Solitary Cyclist 孤独な自転車乗り 4

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ご婦人の話から、本人が月曜九時五〇分ウォータルー発の列車で発つと知っていたので、私は早めに出かけて九時一三分に乗った。
チャーリントンの荒れ地までの道は、ファーナム駅で難なく聞けた。
若いご婦人の受難の地も見紛うところではなく、開けた荒れ地とイチイの藪に挟まれて道が伸びており、藪の奥に巨木がちらほら見える館の広場があった。
苔むした正門には両の柱に崩れた紋章がついていたが、この正面の車道のほか何ヶ所か藪が途切れており、狭い抜け道になっているらしい。
館は表の道からは見えないが、周囲の様子から荒廃していると思われた。
 荒れ地ではハリエニシダが一面花盛りで、春の明るい日差しを浴びて燦爛と輝いている。
私は茂みのかげ、館への車道と道の端から端までを見渡せる位置に身を潜めた。
場所に着いたときには人もなかったが、やがて来た方とは反対から、自転車に乗った人影が現れた。
男は上下黒に身を包み、黒の顎鬚も見て取れる。
チャーリントンのあたりに来ると、男は自転車から降りて、藪の隙間へと忍び込んで姿が見えなくなった。
 一五分が経って、また別の自転車が現れる。
今度は駅からやってきた例の若きご婦人だ。
チャーリントンの藪まで来ると、あたりを気にし始めた。
少し遅れて男が隠れた場所から出てきて、自転車に飛び乗り、ご婦人を追いかける。
一望した景色のなかで動いているのはふたりだけで、一方は自転車にすっくと乗った優雅な女性、もう一方はその後ろで取っ手に身を屈め、その動きひとつひとつがこそこそとして妙に曰くありげな男。
依頼人は振り返って男を見ると、速度を落とす。
男も同じくする。
依頼人止まる。
男もすぐ止まり、二〇〇ヤードほど距離を取ったままにする。
依頼人の次の行動は思いがけない突飛なものであった。
いきなり車体を反転させると、相手に向かってつっこんでいったのだ。
だが相手もまた同じくして、死に物狂いで逃げ出した。
ほどなくして依頼人は自転車を元に戻して、胸を張って無口の相手にはもう目もくれぬと進んでいく。
するとまたも男は向きを変えて、距離を取ったまま、やがて道の角に入って見えなくなった。
 なお私は隠れたところにいたが、結果として功を奏した。そのうち例の男がまた現れ、自転車でゆっくりと引き返してきたのだ。
館の門のところで内側に入り、自転車から降りる。
しばらく林のなかでたたずんでいるのが見えた。
手が動いており、ネクタイを結び直しているようだ。
そのあと自転車にまたがり、私から見て奥に当たる館への道を進んでいった。
私は荒れ地を動いて木のあいだからのぞき込む。
遠くの方にテューダー朝様式の煙突の数々そびえ立つくすんだ古屋敷がちらちら見えたが、車道はうっそうとした木々のあいだを通っていて、男の姿はもはや見えない。
 とはいえ、自分にはこの朝、実にいい仕事をしたと思えたので、意気揚々とファーナムへ歩いて戻った。
現地の不動産仲介人はチャーリントン館について何も語れず、ペル・メルの有名な会社を紹介された。
そこで帰るついでに立ち寄ると、そこの仲介人は丁寧に応対してくれた。
いやあ、チャーリントン館は夏のあいだは無理ですよ、
ちょっと遅すぎましたね、一ヶ月ほど前に貸しました、
ウィリアムソンさんというのが借り主の名前で、立派な老紳士です。
丁寧な仲介人はこれ以上言えないと恐縮していたが、むろん客のことはむやみに話せることでもない。
 シャーロック・ホームズ先生はその夜、私の出し得た長い報告を傾聴なさっていたが、ひとつの誉め言葉さえなかった。自信があったのに、
それどころか、その険しい顔がいつも以上に厳しいものになって、私のしたこと、仕損じたことにけちを付けだした。
「隠れた場所だ、ワトソンくん、実にまずい。
藪のかげにするべきだった。そうすればその怪しい人物を間近で見られたはず。
ところが君は何百ヤードと離れたばかりに、スミス嬢以下の報告しかできない始末。
本人の考えでは相手を知らないらしいが、僕はその逆だと確信している。
そうでなければ、なにゆえ近づかれて顔を見られないよう懸命に苦慮する必要があろう。
君の話では、取っ手に屈んでいたという。
隠したいのだ、やはり。
君の手際は実にまずかった。
男は館に戻り、君はその正体を突き止めたい。
なのにロンドンの住宅仲介人のもとへ行くとは!」
「何をすればよかったのかね!」と私は熱くなって声を張り上げる。
「最寄りの酒場だ。そここそ田舎の噂話の中心。
そこのやつらは君に、主人から食器洗いの女中まで、あらゆる評判を教えてくれよう。
ウィリアムソン? 何の推理の足しにもならない。
年輩の男なら、あの若いご婦人の素早い動きから逃げきった、運動のできる自転車乗りではない。
君の出張で得たものは何か。
娘の話が正しいという裏付け。最初から疑ってなどいない。
自転車乗りと館が関係あること。これまた同様。
館の借り主がウィリアムソンであること。何の役に立つ? 
いやはや、いいかい、そう落ち込まないことだ。
次の土曜までできることはほぼない。それまでに、僕の方でひとつふたつ調べてもいいな。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
QRコード
スマホでも同じレイアウトで読むことができます。
主な掲載作品