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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Crooked Man 背中の曲がった男 4

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ホームズは懐から大きな薄葉紙を取り出して、丁寧に膝上で広げた。
「君はこれを何とする?」とは友人の問いだ。
 その紙には一面に何か小動物の足跡が写し取られていた。
はっきりと足の肉球が五つ、爪は長いらしく、全体の大きさは菓子用の匙と大差ない。
「犬だね。」と私。
「窓掛けを駆け上がる犬など聞いたことがあるか? 
この生き物がやらかした跡をはっきりと見たのだが。」
「なら猿か?」
「だがこれは猿の足跡ではない。」
「では何がある。」
「犬でも猫でも猿でも、とにかく僕らに馴染みのある動物ではない。
その寸法から再現してみた。
ここに、その動物が立ち止まったときの四つ足の跡がある。
ほら、前足から後ろまで一五インチは下らない。
そこへ首と頭の長さを加えてみたまえ、そうすればその動物の全長は二フィートはゆうに超えるだろう――尻尾でもあればきっとなおさらだ。
だがここでこのもうひとつの寸法も見てほしい。
移動する動物、その歩幅がこれだ。
いずれも三インチほどしかない。
これで君もわかるだろう、ほら、長い胴体に引き替え極めて短足なのだ。
毛があとに残るほどの大きさではなかったが、
全体像は僕が今述べた通りに違いなく、また窓掛けを駆け上ることができ、なおかつそいつは肉食である。」
「その演繹の筋道は?」
「根拠は窓掛けを駆け上ったこと。
カナリアの籠が窓に下がっていたから、目的は鳥を捕まえることだったのだろう。」
「してその動物は何だ?」
「うむ、その名前が言い当てられれば、事件解決への近道となるのだが。
おおよそのところ、きっと鼬いたちか貂てんの類の獣だろう――それも普通見るものより大きい。」
「だが、そいつとこの犯罪に何の関係が?」
「それもまだ漠としている。
だが様々のことがわかってはいるのだよ。
わかっていることその一、ひとりの男が道ばたに立ち、夫妻の諍いを見ていたこと――日よけが上がり、部屋の明かりはついていたからだ。
わかっていることその二、その男が妙な動物をつれて芝地を横切り、部屋へ入り、そして大佐に一撃を加えたか、同様にありうることとして、男を見た大佐が恐怖のあまり卒倒して炉格子の角で頭を打ったかしたこと。
そして最後のその三、その侵入者が出る際に鍵を持ち去ったという奇妙な事実。」
「君の発見が、事を以前よりわかりにくくしたようだ。」と私。
「無論だ。当初の読み以上に事件がはるかに入り組んだ。
この件について考えに考え、そしてこの事件を別の側面から迫らねばならぬという結論に至った。
いや本当にワトソン、寝かせずにいるが、この続きは明日オールダショットへの道すがらに話した方がよさそうだ。」
「ありがとう。でもここまで来たのだから、やめずに。」
「うむ、確かなのは、バークリ夫人が家を出た七時半には、旦那に対する機嫌も悪くなかったということだ。
先ほども言ったと思うが、夫人はとりたてて情熱的ではないが、御者の耳には、大佐と仲良さそうに言葉を交わしたのが聞こえている。
ところが同様に確かなのが、彼女は帰って来るなり夫と会いそうにない部屋へと行って、いらいら女がやるみたいに茶だと叫び立て、そしてとうとう大佐が来るやいなや激烈な非難を浴びせ始めた。
となると七時半から九時のあいだに、旦那に対する夫人の感情を激変させるようなことがあったわけだ。
だがモリソン嬢がその一時間半のあいだずっとそばにいた。
ゆえに、本人が否定しようと、彼女がこの件を何かしら知っているに違いないのは、絶対に確かなことなのだ。
 最初の読みでは、きっとこの若い女とあの老兵のあいだに何か交わりがあって、そのことを女が夫人へ告白したのだと思った。
それなら怒って帰ったことも、女が何もなかったと言うのも説明が付く。
そうすると立ち聞きした言葉のほとんどともまったく噛み合わないわけでもなくなる。
だがデイヴィドに言い及んだ件もある上、大佐の愛妻ぶりは周知のことだが、その話とも反することとなり、第三者が悲劇に立ち入ったことにも触れない。もちろん直前の出来事とは無関係だということもありうるのだが。
ひとつの道を選ぶのは楽ではないが、僕はおおよそのところで、大佐とモリソン嬢とのあいだにに何かがあったという考えを捨てる方に傾いている。それでいてこの若い女が手懸かりを持っているとの確信をこれまで以上に深めた。バークリ夫人が旦那を嫌いになった理由についての手懸かりをだ。
よって当然の選択として、そのミスMを訪ね、本人にあなたが真実を握っていると踏んでいるのだと打ち明け、友人のバークリ夫人はこの件が片づかない限り、被告席で殺人の罪に問われるおそれがあるのだと説いた。
 モリソン嬢はふわりとした細身の娘で、目は伏しがちでブロンドの髪だったが、けして頭も常識も足りない人物でないと見えた。
僕の話のあと、娘は座ったままじっと考えていて、やがて一大決心したように顔を上げると、目を見はるべき告白が始まった。君のために要約しよう。
『親友同士の約束でこの件は言わないつもりでした。約束は約束ですので。けれども奥さまに重大な嫌疑がかかっていて、しかもかわいそうに病気で口がきけない今、わたしがあの人を本当に救えるのでしたら、でしたら約束どころの話ではございません。
きっちり申し上げます。月曜の晩に起こったことを。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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