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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Crooked Man 背中の曲がった男 5

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 わたしどもがワット街の教会から帰っていたのは、九時一五分前あたりです。
道中、ハドソン街を通る必要がありましたけれど、そこはたいへん静かな通りなのでございます。
左手に街灯が一つ灯っているきりで、ちょうどわたしどもがその街灯に近づきますと、わたしの目に、猫背の男が、片方の肩から箱のようなものを下げてこちらへ来るのが見えました。
身体が悪いと見受けまして、と申しますのは、頭を低く垂れて膝を曲げて歩いて来たからでございます。
そして通りすがりにその男は頭を上げて、街灯の光を浴びたわたしどもの方を見たのですが、そのとき男はふと立ち止まり、恐ろしい声でこう叫びまして。「そんな、ナンシィ!」
バークリの奥さまは死んだみたいに真っ青になり、もしその恐ろしいなりの男が抱きとめなければ、倒れてしまっていたかもしれません。
わたしは警官を呼ぼうとしたのですが、なんと奥さまはその男とごく親しげにお話を。
「わたくし、あなたは三〇年前に亡くなられたものと、ヘンリ。」奥さまの声はふるえておりました。
「その通り。」その言葉の調子を聞いてぞっと致しました。
男の顔は真っ黒で恐ろしく、目はぎらぎら、今でも夢に出てくるくらいです。
頭や髯には白いものが混じっており、顔はちょうど腐った林檎のようにしわくちゃでございました。
「ちょっと先にお行きになってて。」とバークリの奥さまがおっしゃいました。
「この方とお話ししたいことが。
心配ありませんことよ。」
はっきりしゃべろうとなさいましたが、顔はまだ真っ青で、言葉もふるえた唇からかろうじて出るという有様で。
 わたしは言われた通りに致しまして、ふたりは数分のあいだ話し合っておりました。
そのうちに奥さまは目をめらめらさせて通りを下ってきて、猫背の男が街灯のそばに立って、怒り狂うかのように握り拳を宙でぶんぶんしているのが見えました。
奥さまは戸口に着くまで口を利かず、そのときやっとわたしの手を取って、誰にもこのことを話してくれるなと。
「昔なじみなのだけれど、落ちぶれてしまわれてね。」
わたしが何も言わないと誓いますと、奥さまは私に接吻して、以来お会いしておりません。
もうこれがすべての真相で、このことを警察に申し上げなかったとすれば、そのとき親友の陥っている窮地がわかってなかったからです。
今はわかります、すべてが知られた方が、奥さまの役に立つほかないはずだと。』
 こういう話があったのだ、ワトソン。ご想像通り、僕にとって闇夜の光明のごとくであった。
以前はつながっていなかったあらゆるものが、たちまち正しい場所に収まり始め、物事の筋道全体がおぼろげに見えてきた。
次にとるべき道は、バークリ夫人にそんな衝撃を与えた男を見つけることなのは明白。
一日捜査して、夜には――それが今夜なのだ、ワトソン――その男を突き止めた。
男の名はヘンリ・ウッド、ご婦人方が男と会ったまさにその街の下宿に住んでいた。
その場所に来てまだ五日で、
選挙名簿登録人に化けて大家の女から面白いうわさ話を聞き取った。
その男は生業として手品師兼芸人をやっており、日が暮れたあと兵士向けの食堂を廻って歩き、その場その場でささやかな余興をやるのだ。
そのうえ箱のなかへ何か獣を入れて持ち歩いており、それには大家も相当震え上がったと見え、今までにそんな生き物は見たこともないと。
話によればそいつを何かの手品で使うとか。
女の話は止めどなかった。あれだけ身体が曲がっているのに生きているとは驚きだとか、時々実に妙な言葉を話すだとか、この二晩というもの寝室でうなったり泣いたりする声が聞こえただとか。
金が通用する限りは問題ないが、手付け金は粗悪なフロリン銀貨のようなものをくれたと。
そいつを見せてくれたのだが、ワトソン、それはインドのルピーだったのだ。
 というわけで、いいかい、僕たちの立場も君を必要とする理由もはっきりわかったろう? 
ご婦人方がこの男と別れたあとも距離をとって尾けられていたのは明白であるし、そしてその男は窓越しに夫妻の口論を見たこと、なかへ飛び込み、さらに箱で運んできた生き物が逃げ出たこと、
これはみな確かも確か、
それでいてその部屋で起こったことを正確に教えられるのは、世界でこの男だたひとり。」
「で、そやつに話を聞きたいと。」
「まさしくその通り――ただし立会人の前でだ。」
「では私がその立会人?」
「君さえよければ。
その男がこの件を片付けてくれるのなら上々、
断った場合は令状を当てにするほか道はない。」
「だが行くとして、そやつの行き先なんかどうやってわかる?」
「先手を打っておいたから安心していい。
わがベイカー街少年団の者をひとり監視につけたから、イガのように貼り付き、男を追っているはず。
明日ハドソン街で会う予定だ。ワトソン、こうしているうちに僕が罪人となりそうだ、これ以上君を床に入れなくしていると。」
 正午にはその惨劇の舞台へ着き、そして友人の案内ですぐハドソン街へ向かった。
ホームズが自分の感情を隠すのが上手いとはいえ、私には興奮を抑えつけていることが容易にわかったし、私の方も嬉しくて心躍るのだが、その半分は冒険のため、もう半分は謎のためで、ホームズの捜査に加わるときにはいつも感じるのだった。
「ここがくだんの街だ。」踏み入ったのは二階建ての質素な煉瓦家が立ち並ぶ短い往来。
「うむ、シンプソンが報告に。」
「ちゃんといます、ホームズ先生。」小柄な浮浪児がこちらへ走り寄りつつ声を上げた。
「でかした、シンプソン!」とホームズは少年の頭をなでる。
「ついてきたまえ、ワトソン。これがその家だ。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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