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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The The Reigate Puzzle ライゲートの大地主 6

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 判事は肩をそびやかしつつ自室へ案内したが、そこは家具も地味なごく普通の部屋だった。
我々が窓の方へ歩いているうちにホームズは後ろに下がって、とうとうふたりで最後尾になってしまった。
寝台の足近く、台に載った一皿のオレンジとガラスの水差しがあった。
そのそばを通ったとき、私は唖然としたのだが、ホームズが私の前に身を乗り出してわざとつっかかり、全部をひっくり返してしまった。
ガラスが粉々に砕け、果物は部屋の隅々へ転がっていく。
「君の仕業か、ワトソン。」と冷ややかな言葉。
「絨毯がめちゃめちゃだ。」
 私は戸惑って棒立ちになっていたが、やがて果物を拾い始めた。友人が私のせいにしたのも何か裏があるのだと思ったからだ。
他の者もそれに続き、倒れた台も立て直される。
「おや!」と警部が声を出す。「先生はいずこに?」
 ホームズの姿がなかった。
「ちょっと待てよ。」とアレク・カニンガム青年が言った。
「あいつ頭がおかしいんじゃないのか。
一緒に来いよ、親父、どこ行ったか探すんだ。」
 ふたりは部屋を飛び出していったので、置き去りにされた警部と大佐と私は、互いに顔を見合わせた。
「自分も、アレク坊ちゃんと同じような気がします。」と警部。
「ご病気のせいもありましょうが、私には――」
 と言い切らないうちに、突如叫び声が。「出会え、出会え! 一大事だ!」
その声が友人のものだと気づいて、私は戦慄した。
我を忘れて部屋から踊り場の方へ駆けてゆく。
その叫びは低いうめき声へと変わったが、その元は我々が初めに入った部屋からだとわかった。
私は飛び込むや奥の化粧室へと躍り込んだ。
するとカニンガム親子が床に倒れたシャーロック・ホームズの身体の上から覆い被さっていて、青年が両手でその喉を絞め、老人がその手首をねじ曲げていた。
すぐさま我々三名が友人からそやつらを引き離すと、ホームズはふらふらと立ち上がった。その顔は真っ青で、目に見えて疲れ切っている。
「この者たちの逮捕を、警部。」と声を絞り出す。
「何の罪で?」
「当家の御者ウィリアム・カーワン殺害の件で。」
 警部は当惑のていで友人を見つめる。
「そんな、まさか、ホームズ先生。」というのがやっとの言葉で、「本気じゃないでしょう、そんな――」
「ふん、君、その顔を見たまえ。」とホームズは言い捨てる。
 人間の顔がこんなにありありと自白するところは、私も見たことがなかった。
老人はじっとして心ここにあらずといった感じで、険しい顔には重苦しげな表情が浮かんでいた。
かたや息子の方はあの目立つ威勢もどこへやらで、危険な野獣の獰猛さが黒い目のうちに光り、整った容貌もゆがんでいた。
警部は何も言わずに扉の方へと歩み寄り、呼子を吹いた。
ふたりの巡査が応じてやってくる。
「やむを得ません、カニンガムさん。」と警部。
「とんでもない間違いとわかるのを信じてますが、おわかりいただ――な、何を? おろせ!」
警部が手ではたくと、引き金の引かれようとしていたリヴォルヴァが、青年の元から床にがちゃりと落ちる。
「保管を。」とホームズが素早く足で踏みつける。「きっと裁判で役に立つだろう。
だが本当に欲しいのはこれだ。」
友人はややしわになった一枚の紙切れを掲げる。
「例の残りですね!」と警部は声を張り上げる。
「いかにも。」
「それをどこで?」
「あるはずと踏んだところで。
すぐに全容を明らかにしよう。
思うに大佐、あなたとワトソンはとりあえずお帰りを。僕も遅くとも一時間後には戻ります。
警部と僕はこの犯人どもと少々話をせねばなりませんが、きっとお昼時にはまたお目に。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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