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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Scandal in Bohemia ボヘミアの醜聞 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「つい先刻郵便でね。
声に出して読んでみたまえ。」
 便せんに日付はなく、署名、住所すらなかった。
 お訪ねするのは今夜、八時十五分前。一人の紳士が貴下にある極まりない重要事に関して意見を承るべく、参上致します。
近時、貴下がヨーロッパのさるご王室に尽くされたことを見ても、貴下は世に見ぬ一大事でもためらいなく託せる方と存じます。
私どもも貴下のご活躍を聞くこと、諸方面にございます。
何卒、その折はご在宅くださるよう、また来訪者が覆面をしておりましても、お気を悪くなさらぬよう、お願い致します。
「実に謎めいている。」と私。
「どういう意味だと思う?」
「まだデータがない。
データなしに理論を立てるのは、致命的な誤りだ。
無意識のうちに、事実と符合するべく推理するのではなく、推理に符合するべく事実を歪曲することになる。
しかしここに紙がある。
演繹してごらん。」
 私はその筆跡、紙質を綿密に調べた。
「これを書いた人物は、おそらく金持ちだね。」と私は我がパートナーのやり方を出来るだけ模倣してみた。
「このような紙なら、一袋半クラウンはくだらない。
独特の硬質感と丈夫さがある。」
「独特、か。うまい言葉だ。」とホームズ。
「英国製ではないのだ。
灯りにかざしてみたまえ。」
 その通りにすると、大文字のEと小文字のg、続いてP、Gと小文字のtが透かしで入っていた。
「これは何かな?」とホームズが訊く。
「製紙会社の名前、間違いなくその頭文字だ。」
「残念。Gt はゲゼルシャフト、ドイツ語で会社という意味だ。
僕らがきまって Co と省略するのと同様。
Pはもちろんパピーア、つまり紙のこと。
さてEgだが、これは例の大陸地名辞典でも参照してみよう。」
 ホームズは棚から褐色の分厚い本を取りだした。
「エグロウ、エグロニッツ……これだ、エイガ。
ドイツ語圏で、ボヘミアにありカールスバートのほど近くだ。
『ヴァレンシュタイン終焉の地として有名。ガラス工房と製紙工場が多くある。』
ほらほら、君、これは何かな?」
 ホームズは目を輝かせ、勝ちどきの紫煙を煙草から上げた。
「この紙は、ボヘミアで作られました。」とは私。
「いかにも。そして書き手はドイツ人だ。
こんな奇妙な構文をした文章があったろう、『私どもも貴下のご活躍を聞くこと、諸方面にございます』。
フランス人やロシア人なら、このように書くまい。
動詞の扱いが不躾なのは、ドイツ人だからだ。
それゆえ残るところは、ボヘミアの紙で手紙を書き、覆面で顔見せを拒むドイツ人が何を望んでいるか、その一点だ。
む、まさに今来たれり、勘違いでなければ、僕らの疑問はすぐに晴れる。」
 そう言ってまもなく、馬の蹄の鋭い音、車輪が歩道の縁石に当たって軋む音が聞こえ、続いてベルが強く鳴り響いた。
ホームズは口笛を吹く。
「二頭立てだ、この音は。」とホームズは窓の外をながめて、続ける。「当たり。
小型で立派なブルーム型馬車で、申し分ない馬だ。
片方だけでも一五〇ギニィはする。
報酬はありそうだ、ワトソン、それだけかもしれぬが。」
「私は帰った方が良さそうだな、ホームズ。」
「いいや、博士。ここにいたまえ。
ボズウェルあってこその僕だ。
それに今度の依頼、面白そうだ。
逃すと後悔の極みだよ。」
「しかし依頼人は……」
「気にすることはない。僕が君の助けを必要とするのだから、依頼人とて同じ事。
ご来訪のようだ。椅子にかけたまえ、博士。そして最高のご助言を。」
 ゆっくりで重い足取りが、階段あるいは廊下から聞こえ、やがてドアの手前でやんだ。
それから高圧的に叩く大きな音がした。
「お入りなさい!」とホームズ。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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