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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Scandal in Bohemia ボヘミアの醜聞 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 訪ねてきた男は、背丈六フィート六インチはあり、ヘラクレスのごとき胸板の厚さと腕の太さがあった。
召し物は豪奢だが、英国では悪趣味と見なされる類である。
両前のコートの袖と襟にはアストラカン毛皮が広く付いていて、肩から羽織った濃紺のマントは裏地に炎《ほむら》色の絹を使い、首留めはきらびやかな緑柱石のブローチだった。
ふくらはぎの半分を包むブーツは、上部にふかふかした褐色の毛皮を施されていて、風采から醸し出される強引な豪華さを完璧なものにしていた。
男は片手に鍔広の帽子を持ち、黒の覆面は顔の上半分を隠し、頬骨までに至っていた。どうも入室時に直したらしく、手はまだそこにあった。
顔の下半分から察するに、意志の強い男のようで、唇は厚くつり上がっており、下顎は長く通っていて、芯は曲げぬというような決意さえ感じさせた。
「手紙は拝見されましたな?」と深く厳しい声、強いドイツ語訛りで問いかける。
「来訪は連絡したはずだが、」
と、どちらに話したものかと思案した風に我々二人を比べ見た。
「お掛けください。」とホームズ。
「こちらは我が友人でパートナーのワトソン博士。時折、事件に助力してくれます。
どなた様とお呼びすればよろしいですか?」
「フォン・クラーム伯爵とお呼び願おう。ボヘミアの貴族だ。
其方の友人たる紳士、かかる重要事をうち明けるに足る、まことに分別信義を備えた男であろうな? 
違うのであれば、其方一人に語るが良かろうかと存ずるが。」
 私は席を外そうとしたのだが、ホームズが腕を掴み、椅子に押し込んだのだ。
「二人でなければ、依頼はなかったことに。」とホームズ。
「僕におっしゃってよいことは、この紳士の前でおっしゃっても何ら支障ありません。」
 伯爵は広い肩をすくめる。
「まず断っておきたいのだが、二年間他言しないと約束されたい。その後は重要ではなくなるだろうが、
現時点、ヨーロッパの歴史に影響を及ぼしかねんと申しても、誇張はありますまいぞ。」
「約束いたします。」とホームズ。
「私も。」
「この覆面もお許し願おう。」と風変わりな客は話を続ける。
「これは代理人を仰せつかわせたある高貴なお方のご希望であり、なお、実を申せば先ほど名乗った我が名も、本名ではあらぬ。」
「存じております。」とホームズは冷ややかに言う。
「事態は実に微妙である。どのような予防策を用いても、醜聞の種火が大きくなり、ヨーロッパのさる王室の名誉を毀損することを防がねばならぬ。
飾らずに申すと、ボヘミア累代の王室、オルムシュタイン家が関与している事なのだ。」
「それも存じております。」とホームズはささやくように答えると、安楽椅子に身を沈め、目をつむった。
 我らの依頼人は驚きを隠せず、この物憂げに椅子に沈む男へ視線をやった。ヨーロッパ一頭の切れる人物、ヨーロッパ一活動的な私立探偵と、誰もが認める男だ。
ホームズは緩やかに眼を開き、もどかしげに巨躯の依頼人を見た。
「陛下がご自身の事件をご自身の口から語るということでしたら、僕もそれに相応しいご助言が可能です。」
 依頼人は椅子から立ち上がると、抑えきれぬ動揺のために部屋の中を行ったり来たりした。
やがて観念したような手つきで、顔から覆面をはぎ取り、床にたたきつけた。
「いかにも。余は王である。どうして素性を偽ろうと企てたものか。」
「どうして? そうです。」とホームズは呟く。
「陛下が一言もおっしゃらぬうちから、我が面前にあらせられるのは、ヴィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギースモーント・フォン・オルムシュタイン、つまりカッセル=フェルシュタイン大公であり、ボヘミア累代の王であると存じておりました。」
「しかし、わかっておろうな。」風変わりな客は再度椅子に腰掛け、広く白い額に手をかざす。「わかっておろうな、余が直接参るというのは、ことのほか例外である。
しかれども、事はまことに微妙であるから、代理人をたてれば、弱みを握られたも同然である。
それゆえ余は其方に意見を求めようと、プラハから微行で参ったのだ。」
「それでは、お聞かせ願えますか。」とホームズは再び目をつむる。
「事実を簡潔にするとこうだ。五年ほど遡る、余がワルシャワに長期滞在したときのこと。余はかの有名にして果断なる女、イレーナ・アードラーと親交を結んだのだ。
その名は存じておろう。」
「彼女の名を索引で調べてくれたまえ、博士。」とホームズは目を開けずに呟いた。
ホームズは多年にわたり、あらゆる人物や出来事にまつわる項目を要約した備忘録を作っているので、ほぼどんな情報でも即座に提供できるのであった。
索引を調べると、彼女の小伝は、ユダヤ教のラビと深海魚関連の論文を書いた海軍中佐の間に挟まれていた。
「見せてくれたまえ。」とホームズ。
「ほぅ、一八五八年アメリカのニュージャージィ州生まれ。コントラルト歌手、ほぅ。スカラ座出演、ほぅ。ワルシャワ帝国歌劇団のプリマドンナ、うむ。歌劇界から引退、ん。ロンドン在住、さよう。
察するに陛下は、この若い方と深いご関係になられ、不名誉なるお手紙をいくつかお送りになったので、今それらの手紙を取り戻したく願っておられる。」
「まさしくそうだが、いかにして……」
「秘密裏に結婚でも?」
「あらぬ。」
「法的に有効な書類、あるいは証書でも?」
「あらぬ。」
「それでは、陛下の危惧を察しかねます。
この若い方が恐喝、その他の目的で手紙を使用したところで、いかにして本物と証明するものでありますか?」
「筆跡ではないか。」
「模倣できますゆえ、証拠不充分。」
「私用の書簡せんだが。」
「盗難。」
「我が封緘では。」
「偽造。」
「余の写真だ。」
「購入。」
「二人で撮った写真なのだ。」
「なんと! まずうございます。陛下は実に軽率なことをなさいました。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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