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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第一章 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「犯罪事件はいかなるときもこの一点いかん。
何ヶ月も前に犯罪を起こした可能性のある、容疑者がいたとする。
その人物の下着や衣服を調べると、褐色のシミが発見される。
これは血痕か汚泥か、サビ、はたまた果汁、いったい何なのだ? 
数多くの専門家をも悩ます難題だが、それはなぜか? 
信頼しうる検出法がないからだ。
さあ、このシャーロック・ホームズ法があるからには、もはや困ることはありますまい。」
 話している間、男の目はぎらぎらと輝いていて、胸に手をあてがったかと思うと、喝采を送る想像上の聴衆に対する返礼のごとくお辞儀した。
「称賛に値する。」私は男の心酔ぶりに度肝を抜かれた。
「例えば、前年フランクフルトでのフォン・ビショフの事件。
この検出法の存在あらば、まさしく絞首台行きだった。
あるいはブラッドフォードのメイソン、名うてのマラー、モンペリエのルフェーヴル、ニューオーリンズのサムスン。
この点が決め手になったやもしれぬ事件は何十件と挙げられる。」
「さながら歩く犯罪日誌といったところかな。」とスタンフォードが笑う。
「その線で新聞を創刊したらどうだ。
名付けて『過去の刑事事件簿』とか。」
「読み物としても面白いものになるでしょう。」とシャーロック・ホームズは返しながら、絆創膏を指の刺し傷に小さく貼り付けた。
「気を付けねば。」と私に微笑んでみせると、「相当毒物に手を出していますもので。」
男の差し出した手は、似たような絆創膏や強い酸による白痕とで、まだら模様のようになっていた。
「僕たちは用があって来たんだ。」とスタンフォードは切り出し、三脚の高い腰掛けに座ると、足でもう一つを私の方へ寄せた。
「下宿捜し中のこの友人、君は折半する人間が見つからないとぶつくさ言っていたものだから、連れてきた方がいいかなと思ったんだ。」
 シャーロック・ホームズは私と同居するという案を気に入ったようだった。
「ベイカー街に目を付けたスイートが。きっと僕らの肌に合うかと。
できれば、きつい煙草の匂いを我慢していただきたいのですが。」
「私もシップスを常々。」
「なら結構。化学薬品がいつも手放せなくて時折、実験も。ご迷惑では?」
「全然。」
「ふうむ――他に僕の欠点はと。
たびたびふさぎ込んで、そのまま幾日も口を利かないことが。
そのときは、無愛想だなんて思わないでいただけたら。少し放っておけば、すぐ元に戻ります。
あなたも言っておかなければならないことは? 
同居を始めるにあたって、お互いの欠点を知っておけば、ふたりに好都合でしょう。」
 反対尋問のような状況になり、私は笑ってしまった。
「私はブル仔飼いでして、それからまだ神経が参っておるものですから、騒々しいのはいけません。とんでもない時刻に起きたり、極端な怠け者でもあります。
元気なときは他にも色々悪癖があるのですが、今はこれくらいなものです。」
「ヴァイオリンの演奏は、騒がしい部類に入るでしょうか?」と男は不安げに尋ねる。
「奏者によりけりですね。
ヴァイオリンの巧みな旋律は神々にも癒しとなりましょうが、下手な旋律となると……」
「ああ、なら問題ありません。」と男はにんまりとして、「もう決まったも同然――あとはあなたが部屋を気に入るかどうか。」
「いつにしましょう?」
「明日の正午、ここに来ていただければ。ふたりで行って、細かいことも決めましょう。」
「わかりました――正午きっかりに。」と私は男と握手を交わした。
 我々は化学実験に戻った彼を残し、ホテルへ向かって歩き出した。
「それにしても。」と私は立ち止まり、スタンフォードの方を向いて、ふと訊ねる。「何がどういうわけで、あの男は私がアフガニスタン帰りと知っていたんだろう。」
 すると連れは不可解な笑みを浮かべる。
「そいつがあの男の変わった癖なのさ。
みんな、その手口を知りたがる。」
「ほお! 謎というわけか!」と私は両手をこすり合わせた。
「味なことを。引き合わせてくれて、君には本当に感謝している。
『人間の真に研究すべくは人なり』とな。」
 スタンフォードはさよならついでに、「まず、あの男を研究してみることだ。
あいつこそが難問だとわかるよ。それに絶対、こっちよりも向こうに自分のことを知られてしまうからさ。じゃあ元気で。」
「ああそっちこそ。」と返し、ホテルまでの道をそぞろ歩きながら、私は我が新しき知己に並々ならぬ興味を覚えていたのであった。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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