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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第二章 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
しかしこの短い会話から色々巡らし、私なりに演繹というものを試みようとした。
当人は目的にかなわない知識は取り入れないと発言した。
裏を返せば、持っている知識はすべて当人にとって有益だということだ。
小出しに拾った様々な長所を、知っているだけ思い浮かべてみて、
ついには鉛筆を取り、書き立てるに至った。
この表を作り終えたとき、私は思わず吹き出してしまった。
このようなものだ――
  シャーロック・ホームズ――その能力値
 一、文芸の知識――ゼロ。
 二、哲学の知識――ゼロ。
 三、天文の知識――ゼロ。
 四、政治の知識――不十分。
 五、植物の知識――物による。ベラドンナ、阿片、毒物一般に詳しい。実用園芸には無知。
 六、地学の知識――実用的だが、限られている。様々な場所の土を一目で見分けられる。帰宅した私のズボンに付いたはね跡を見て、色や質感からロンドンのどこで付けたものか言い当てるほど。
 七、化学の知識――該博。
 八、解剖の知識――正確だが、体系的ではない。
 九、怪奇事件の知識――計り知れない。今世紀中の惨事をすべて、詳細にいたるまで知るものと思われる。
 一〇、ヴァイオリンの名手。
 一一、シングル・スティック、ボクシング、フェンシングの達人。
 一二、英国法の極めて実用的な知識あり。
 ここまで書き上げたところでどうでもよくなり、私は紙を暖炉へ投げ込んだ。
「結局わかるのは、あの男が何に打ち込んでいるかだけではないのか。できることをうまく照らし合わせて、それらがみな必要となる職業を探し当てたところで。」と頭によぎり、「ならばすぐにやめた方がいいな。」となったのだ。
 ところで、先に触れた同居人のヴァイオリンの能力、
非常に目を見張るものがあるが、それ以外の才と同様に奇抜でもあった。
小品ばかりか難しい曲も弾けることは、要望に応えて、メンデルスゾーンのリートや私のお気に入りを何曲か演奏してくれたことからもよくわかる。
しかし同居人に任せると、およそ曲らしい曲さえ弾かず、聴いたことのある旋律すらも弾こうとしない。
夕べになると同居人は肘掛椅子にもたれかかり、目を閉じ、膝の上に立てかけたヴァイオリンを思うままに弾きつづる。
折々、弦の奏でる音が憂鬱に響いたり、あるいは明るく幻想的なものとなったりする。
その場その場の同居人の気持ちを如実に表すものとだけはわかるが、この音楽が思索の助けとなるのか、ただ単たる気まぐれや思いつきの所産なのか、私には判断しかねた。
こんな腹立たしい演奏には文句を言ってもいいのかもしれないが、同居人はいつも締めに私のお気に入りの旋律を流れるようにいくつも奏でてくれるので、私はわずかな埋め合わせと見て取って我慢していた。
 最初の数週間は来客もなく、この同居人には私と同様に友がいないのではないかと感じていた。
だが程なくして、多くの知己、それもあらゆる階層の友人がいるとわかった。
そのひとりに、血色が悪く、黒目で、ネズミのような顔をした小兵の男がいる。レストレード氏というそうで、週に三、四回は訪ねてきた。
ある朝には、流行の身なりをしたうら若き女性が訪れ、三十分以上もいたと思えば、
同じ日の午後には、今度は白髪混じりでみすぼらしいユダヤ商人風の客がたいへん興奮したていでやってきて、またそのすぐ後に粗末な姿の老女までもが現れるといった次第。
別の機会には、白髪の老紳士が同居人に会いたいと言って来たし、また別珍の制服に身を包んだ駅詰めの運送屋がやってくることもあった。
このとらえどころのない人々が姿を現すたびに、シャーロック・ホームズは居間を使わせてくれないかと頼むので、よく私は寝室に引き上げたものだ。
手間を掛けてすまないと、いつも同居人は謝り、
「部屋を仕事場にせねば。みな依頼人でね。」と言う。
ここでまた私はずばり問いただす機会を得たわけだが、やはりまた気が引けて、図々しくなりきれない。
それとなくも言えない、何らかの強い動機があってのことだとその時は思ったのだが、程なくして当人の口からこの事に触れたので、謎は氷解した。
 忘れもしない、あの三月四日のこと、私は普段よりも少しばかり早起きすると、折しもまだシャーロック・ホームズは朝食中だった。
下宿の女主人は私の寝坊癖にすっかり慣れていたため、私の席も、コーヒーすらも準備されていなかった。
人間、不条理な怒りもあるもので、私はこと荒げに呼び鈴を鳴らし、起きたという合図を送った。
それから卓上の雑誌をふと取り上げ、しばし落ち着こうと思った。同居人が黙々とトーストをほおばっているかたわら、
とある記事の見出しに鉛筆で印が付いていたので、私は何とはなしに目を通してみた。
 題は「現世の書」と少々意欲的なもので、ある証明を試みていた。注意深い者なら、綿密で体系的な調査をもってすれば、出くわすあらゆるものからおびただしいことが知りうるという。
読んだ印象としては、詭弁と滑稽のごった煮と言ったところか。
論理は緻密で熱が入っているものの、演繹による結論が実に誇大偏向そのもの。
筆者の主張からすると、一瞬の表情、筋肉の動き、視線まなざしから人間の秘めたる考えを推し量ることが出来るという。
さらに彼は、観察と分析を極めれば、何事にもごまかされないとも言い切り、
これをエウクレイデスの諸命題と同様に完全無欠だと結論づけた。
慣れない者はその帰結に面食らうかもしれないが、そこに至るまでの筋道を知らぬ間は、筆者を死霊使いと思われてもやむなし、とも。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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