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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第四章 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
第四章 ジョン・ランスの言い忘れ
 一時になり、我々はローリストン・ガーデンズ三番地を後にした。
シャーロック・ホームズは私を連れて最寄りの電信局へ行き、長めの電報を打った。
そのあと声高に辻馬車を呼び、御者に行き先を伝えた。レストレードに教わったとおりの住所である。
「第一発見者に勝る者はない。」と同居人は言う。「実のところ、事件についての見当はもうついているのだが、聞けることは聞いておいても損はあるまい。」
「いやはや、ホームズ。」と私は言って、
「本気じゃあないんだろう? さっき逐一言ったことは。」
「ひとつとて間違いはない。」と同居人は答えた。
「あの場所へ着いてすぐ、縁石の近くに、一台の馬車が残した二つの轍を見つけた。
はて、昨夜までこの一週雨という雨もなかった。ならば、あの場所にあれほど深く残せるのは、昨夜のうちをおいて他にない。
蹄ひづめの跡もあった。ひとつだけ、他の三つより形がひどくくっきりしている。おろし立てなのは明らか。
来たのは雨が降り出した後だが、朝にはもうなかったのだから――グレグソンが言ったことからすると――馬車があったのは昨夜の間、つまるところ二名の人物をこの家に連れてきた、ということになろう。」
「もっともらしく聞こえるな。」と私。「だが男の背丈は?」
「なに、人の背丈は九割がた、その歩幅から指摘できる。
まあ簡単な計算だが、今数字で君を退屈させても詮ない。
あの男、外の土にも中の埃にも足跡をつけていたから、
そこで独自の計算を用いたまでだ。
それに壁の血書、無意識に眼の上あたりへ書いている。
さてその字は床からちょうど六フィートを越えたところ。
子どもの遊びだ。」
「年は?」と私は訊ねる。
「それは、人間、歩幅四・五フィートで難なく歩けるのなら、もう黄葉秋の暮れ、というわけでもあるまい。
ちょうど庭の歩道にあった水たまりの大きさになるが、男はどうも跨いでいる。
エナメル革のブーツは横を回り、つま先の尖った足跡はまっすぐ超えていた。
謎など欠片もない。
このように、日々の現実に対しても、あの記事に書いたような観察と演繹の決まりを少しく用いているだけのこと。
まだ何か不思議なことは?」
「指の爪とトリチノポリは?」
「壁の字は、男が人差し指に血を付けて書いたもの。
拡大鏡で調べたところ、壁土にわずかだが引っ掻いた跡があり、男の爪が切られていたならこんなことになるはずない。
また、灰をあちこちの床から集めてみたが、
暗色で薄片状、これはトリチノポリの灰にのみ表れるものだ。
僕は煙草の灰についてつぶさに研究したことがあって――実はそれを扱った論文もひとつある。
僭越だが、灰を一目見ただけで、葉巻や煙草ならどんな銘柄でも言い当てることができる。
まさしくこういったところが、能ある探偵と、グレグソンやレストレードといった類との異なる点だ。」
「赤ら顔というのは?」
「うむ、これはやや大胆な推量だが、自分が正しいと信じている。
まだ今の段階では不問にしてくれたまえ。」
 私は額をなで、
「頭がくらくらするよ。」と言葉を漏らす。「考えれば考えるほど、次から次へと謎が。
ふたり――とりあえずふたりとして――空き家に来たわけ。
二人を連れてきた御者の行方。
ひとりがもうひとりに毒を盛れる方法。
血の出どころ。
犯人の目的は何だ、どうして何も盗まなかったのか。
なんだって女性の指輪があんなところに。
それよりも何より、片割れはどうして『Rache』というドイツ語を書き残さなきゃならんかったんだ?
 正直、つじつまの合う説明が見当たらん。」
 同居人はその通り、といった風に微笑んだ。
「君は現状の問題をうまく簡潔にまとめてくれた。
依然はっきりしないこともあるものの、僕には本筋についての見当がついている。
例えばへっぽこレストレードの発見だが、あれは単なる目くらましで、社会主義者か秘密結社をにおわせて、警察を誤った方へ向かわせたいだけだ。
それにドイツ人の手によるものではない。
あのA、君も見たように、ドイツ活字体風に書かれていた。
が、本当のドイツ人なら必ずラテン書体で書くはず。であるから、あれはドイツ人ではなく、真似しようとしてやりすぎた下手なやつによるものと言っていいだろう。
単なる捜査攪乱の企みに過ぎんのだ。
事件に関してはここまでだ、博士。
ほら、種明かしした手品師は相手にされない。これ以上手の内を見せすぎると、君は僕のことを所詮ただの人と決めつけかねない。」
「そんなことないよ。この世界でいちばん、探偵という仕事を厳密な科学にまで近づけている。」
 同居人は私の言葉や熱心な口ぶりが嬉しいようで、顔を赤らめた。
自分の腕をほめられると弱いということが私にはとうにわかっていた。まるで、綺麗だよと褒められた少女のようだ。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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