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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第五章 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 この病み上がりの身体に今朝の頑張りがこたえたのか、午後になると疲れが出てきた。
ホームズが演奏会に出掛けた後、私はソファで横になり、仮眠を取ろうとした。
だが無理だった。
今朝からの出来事のせいで心は昂ぶり落ち着かず、おかしな空想や憶測がついて離れなかった。
目を閉じても、常に被害者の猿を思わせるゆがんだ形相が浮かぶのである。
現れるのが何ともまがまがしい印象の顔であったから、この世から消えてくれたことを思うと、犯人に対して感謝の意を表したいほどだった。
人の顔面に諸悪の権化を写したとすれば、きっとクリーヴランド在住イーノック・J・ドレッバーのようになるだろう。
だが正義は貫かれるべきであり、被害者が悪人だからといって殺人の罪が帳消しになるのではないと、私とてわかっていた。
 それでも考えるほどに、同居人の説く毒殺説が突飛に思えてくる。
唇をかいだのだから、その説に帰着する何かをつかんだのであろう。
また毒殺でないとしたら、何が死因なのか。なにせ外傷も索溝もない。
それでいて、床にべっとりと付着していた血液は、誰のものなのか。
争った形跡もなく、被害者は武器も持っていないので、犯人に一矢報いようもない。
万事問題を解決しない限り、ホームズ、そしてもちろん私もおちおち眠ることができないと、そう感じる。
同居人が自信深げに何も言わないままでいるその様は、一切を説明しうる理論をすでにまとめているのだ、と思わせるものがあった。一方、私に至ってはすぐには何なのか当たりも付けられない。
 同居人の帰りは遅かった――あまりに長いので、行き先は演奏会だけであるまいな、と感づいた。
姿を現す頃には、夕食はもう卓に上がっていた。
「最高だった。」と同居人は椅子に座る。
「知っているか、ダーウィンが音楽について述べたことを。
かく言えり、音楽を作りかつ鑑賞する能力は、言語能力の入手以前より人類に備わっていた。
ひょっとするとそれが、音楽が我々の琴線に触れる理由なのかもしれぬ。
模糊たる記憶、我々の魂のなかに、世界の幼年期、靄の時代のものが残っている。」
「えらく壮大な話だな。」と私。
「自然を受け止め説こうとするなら、その話も自然と同じほど大きくなくては。
どうした? 具合が悪そうだ。
ブリクストン通りの事件がこたえているか。」
「実を言うと、ね。
アフガンの後、もう少し物事に動じなくなってもよさそうなものなのだが。
マイワンドで戦友が斬り殺されるのだって平然と見たのにな。」
「なるほど。
この事件には、想像力を刺激する謎があるからね。想像力なくして恐怖は生まれぬ。
「いや。」
「事件がうまく記事になっている。
ただしあの件には触れていない。男を運ぶ際に結婚指輪が床に落ちたあれだ。
「どうして?」
「この広告を見たまえ。
同様のものを事件直後の今朝、全新聞社に打ったのだ。」
 同居人は新聞を投げてよこしたので、私は言われた箇所に目を下ろした。
『拾得欄』の一番目に載っていた。
『ブリクストン通りにて今朝、飾りのない金の結婚指輪を、居酒屋白鹿亭とホランド並木道の間の道で拾得。
ベイカー街二二一B、ワトソン博士まで、今晩八時から九時の間に来られたし。』
「名前を失敬した。
僕を出すと、よからぬ輩が気づいて、この事件の邪魔をするやもしれんので。」
しかし誰かが来ても、私は指輪を持っとらんが。」
「そうだった、渡しておこう。」と同居人は私に指輪をくれた。
「見事なものだよ、よくできた複製だ。」
「で、君の予測では、この広告に誰が来ると?」
「うむ、茶褐色の外套を着た男――赤ら顔で、尖ったつま先の靴を履く例の男だ。
もし彼が自ら来なくとも、共犯者を送り込んでこよう。」
「犯人はこれを危ないとは思わんのだろうか。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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