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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Study In Scarlet 緋色の研究 第二部 第一章 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「馬をここに置いて行け、我々はここで待っている。」と年長の男が言うと、
すぐに若者は下りて馬をつなぎ、急な斜面を登っていった。若者たちの好奇心をかきたてるものへ向かって。
物音を立てず、素早く登っていく。偵察兵として経験を積んで、素早さには自信があった。
下の大平原から、若者たちが岩から岩へ軽やかに飛んでいくのが見えた。空を背景にして、若者たちの姿はくっきりと映っていた。
最初に驚きの声をあげた若者は、先頭に立って導いていく。
だが突然、後ろの者に対して手を挙げた。驚きを必死に抑えたかのようだった。他の者は彼に追いつくと、そこに映った光景を見て、同じ行動をとらざるをえなかった。
 不毛の岩山の上に、平坦なところが少しあり、そこに大きな丸石が乗っていた。そして石の前に、長身で長いひげをたくわえ、いかつい顔をした、ひどくやせぎすの男がかがんでいた。
しかし穏やかな顔で規則的に息をしているところを見ると、眠っているらしい。
男のそばに少女がいた。白く丸い腕を男の赤茶けた筋っぽい首に回して、黄金色の頭を男の別珍のチュニックに預けていた。
少女のバラ色の唇は開いていて、中には雪のように白く、並びのいい歯を見せていた。あどけない顔には楽しげな微笑みが浮かんでいる。
ふっくらとした小さな白い足に、白い靴下ときんぴかの留め金のついた可愛い靴を履いていたが、それはそばにいる男のしわくちゃの長い足と、奇妙な取り合わせをなしていた。
このおかしな二人のもたえれている岩の上には、三羽のいかめしい猛鳥が宿っていたが、新しく人がやってきたのを見て、がっかりしたと言わんばかりのしわがれ声をあげて、不機嫌に羽ばたき去った。
 不吉な鳥の叫び声で二人は目を覚ますと、おどろいて辺りを見渡した。
男はよろめきながらも立ち上がり、大平原を見下ろした。男が眠りに耐えかねたときにはただ荒れ果てていたばかりなのに、今や人と動物の大部隊が横切っている。
男はそれを見て、信じられないといった表情を見せると、骨張った手で目を覆って、
「これがいわゆる幻覚というやつか。」とつぶやいた。
少女は男のそばにいて、黙って上着をつかんでいたが、子どもらしく、何だろうと不思議そうにながめ回していた。
 救助隊はすぐに二人の遭難者に、これは幻覚ではないと信じさせることができた。
若者の一人が少女を肩の上に担いで、そして二人が痩せた男を支えて、馬車のところまで連れていくことになった。
 男は口を開く。「名前はジョン・フェリア。私とこの小さいのは、二一人いた中の生き残りだ。
あとはみんな飢えや渇きで、はるか南の方で死んでしまった。」
「この子はお前の子か?」と誰かが言った。
 すると男は噛みつくような口調で、「今はそうだ。私の子だ、私が助けたのだ。
誰にも引き離させはせんぞ。
こいつはルーシィ・フェリアだ、今日この日から。
何者だ、あんたら。」と男は日焼けした屈強な救助者たちを疑わしそうに見て、「随分たくさんおるようだが。」
 若い男が答えた。「概算で一万です。我々は迫害された神の子、天使モロナイに選ばれた民です。」
「その天使の名は耳にしたことがないが、
えらく大勢の人間を選んだようだな。」
「神聖なるものに対して、冗談を言うものではありません。
我々はこの神聖なる文言、エジプト文字によって金版に書かれ、パルミラの聖ジョセフ・スミスに預けられた文言を信じている者たちなのです。
我々はイリノイの地にあるノーヴーからやって来ました。そこに我々の寺院があったのです。
今は暴力の徒あるいは無神論者から避難するための地を求めて、たとえ荒野の中心でもと、探しに来ているのです。」
 ノーヴーという地名にジョン・フェリアは思い当たるところがあった。
「なるほど、モルモン教徒か。」
「いかにもモルモン教徒だ。」と周りが一斉に答えた。
「ところで、この一団はどこへ行くんだ。」
「我々は知らない。預言者のもと、神の御手に導かれるのみである。
あなたもあの方の前に出なければならない。
そうすれば、あなたに何をするべきか、お答えになって下さることでしょう。」
 ようやく岩山の麓に着き、巡礼者の集団に囲まれた――青ざめておとなしい顔をした女たち、大きく笑う子どもたち、熱く真剣な目をした男たち。
驚きと憐れみの声があちこちで起こった、旅人の一人が少女であり、もう一人がやせ衰えた男であるとわかったからだ。
しかし若者たちはそのまま二人を連れて、おびただしいモルモン教徒につきしたがわれながらも、馬車へ向かって急いでいた。向かう馬車はひときわ大きく、華やかでこぎれいな外装のため目立っていた。
他の馬車は二頭ないし多くても四頭なのに、六頭の馬がつながれていた。
御者のそばに一人の男が坐っていた。三十を越えるか越えないかぐらいだが、大きな頭、断固とした顔から指導者であると見て取れた。
茶色の背表紙をした本を読んでいたが、若者が近寄ると本を傍らに置き、注意深く事の顛末を聞いた。
終わると、指導者は二人の遭難者の方を向き、
厳粛に語りかけた。「もし、我々がうぬらをそばに置くとしたらば、それはただ我々の教義を信じる者としてのみである。
我々は羊の群の中に狼を置かぬのだ。
今この荒野で白い骨となった方が最善なのだ、うぬらが、やがて果実すべてを腐らせてしまう腐敗の一粒になるのが必然であるのならな。
このことを承知した上で、我々と行動をともにするというのか。」
「どんな条件であろうと、私はあなたと行動をともにします。」フェリアが力強く答えたので、きびしい顔をした長老たちも笑みをこぼさずにはいられなかった。
指導者だけは相変わらず、いかめしい表情のままで言った。
「兄弟スタンガスンよ、連れてゆけ。この男に食べ物と飲み物を与えよ。子どもも同じ扱いをせよ。
そして、我々の聖なる教義を教えることを、お前の役目とする。
たいそう時間を食ってしまったようだ。前進! いざ、シオンへ!」
「いざ、シオンへ!」とモルモン教徒の一群は叫び、その言葉はさざ波のように長いキャラバンを口から口へと伝わっていき、隊列の遠くの方で、小さなざわめきとなって消えていった。
鞭の音、車輪のきしみとともに大馬車隊が動き出し、全隊列も応じてすぐにうねりながら進んでいく。
二人の旅人の世話をまかされた長老は、自分の馬車に二人を連れていった。そこには食事の準備が整っていた。
「これからはここにいなさい。
一両日もあれば疲れもとれるだろう。
その間に、今後は我々の教義に従うと心に記しておきなさい。
ブリガム・ヤングがそうおっしゃった。そしてそれはジョセフ・スミスの声を通して語られた。それは神の御声であらせられる。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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