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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Study In Scarlet 緋色の研究 第二部 第四章 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
第四章 決死行
 モルモンの預言者と話をした次の朝、ジョン・フェリアはソルト・レイク・シティへ下りていって、例の友人を捜し当てた。これからネヴァダ山脈へ向かうというその友人に、ジェファースン・ホープへの言伝を託したのだった。
若者へ告げる内容は、今、自分たちが切迫した状況に追い込まれていること、そして彼の帰還が急務であることだった。
ことを終えると、フェリアの気はいくぶんか落ち着き、少し心も軽くなって家路についた。
 だが自分の農場に着いたとき、門の両側に一匹ずつ馬がつながれていたので、びっくりした。
なお驚いたのは、家の中にはいると二人の若い男が応接間にふんぞり返っていたことだ。
ひとりは血色の悪い面長の顔をしていて、揺り椅子にもたれかかりながら、足を暖炉の上に載せていた。
もうひとりは、むくみのある強面で、首が太く、窓のそばでポケットに両手を突っ込んで、誰でも知っている賛美歌を口笛で吹きながら立っていた。
ふたりともフェリアが入ってくると会釈をして、まずは揺り椅子の男の方が話を切り出した。
「あんたはわかんないかもしれないが、
そいつはドレッバー長老の息子で、ぼくはジョーゼフ・スタンガスン。あんときの旅の仲間だよ、主が手を差し伸べ、あんたをまことの信徒の中へ導いただろう?」
「主は時が満つるまでにすべての民を望まれるがゆえ、」もうひとりの男が鼻にかかった声で言う。「主はおもむろに臼をひくが、出る粉はいと細かし。」
 ジョン・フェリアは冷ややかに一礼した。この客が何者なのかは、だいたいの見当がついていた。
 スタンガスンが話を続ける。「ぼくらは、親父たちに言われて、あんたの娘さんの手を請いにきたんだ。ぼくたちのどちらを、あんたや娘さんが選ぶかはわかんないけれど。
ぼくにはたった四人しか奥さんはいないし、この兄弟ドレッバーは七人、まあぼくにすれば、こっちが順当だろうって感じかな。」
「待て待て、兄弟スタンガスン。」もうひとりが割って入る。「大事なのは何人妻がいるかじゃなくて、何人持っても大丈夫かだ。
おれの親父から近頃、粉挽き場をもらったし、おれの方が金はあるぜ。」
「でも先はぼくの方が有望だね。」スタンガスンは熱っぽく言う。
「主が親父を片づけたら、革をなめすところ、作るところどちらも手に入る。
それにぼくの方が年上だし、教会での位も高いんだ。」
「どうせ決めるのはその処女だ。」ドレッバー青年は言い返し、鏡に自分を映してにやりとしてみせた。
「その決心に一任しようじゃないか。」
 そのふたりのやりとりの間、ジョン・フェリアは心のうちに怒りがわき上がり、今しもふたりの客の背中を乗馬鞭で叩かんとする勢いだった。
「いいかお前ら。」と言葉がついに口から飛び出て、ふたりに詰め寄った。「娘が呼んだら来てもいいが、それまでわしにその面を二度と見せてくれるな。」
 ふたりの若いモルモン教徒は、あっけにとられてフェリアを見つめた。
ふたりにしてみれば、自分たちが娘の手を求めて争うのは、娘にとっても父親にとっても、この上ない栄誉だと思っていたからだ。
「部屋の出口はふたつある。」とフェリアは声を荒げる。「ひとつはその扉、もうひとつはその窓だ。さあ、どちらがいい?」
 フェリアの日に焼けた顔は険しくなり、骨張った手が今にも襲いかからんとしていたので、ふたりの客は飛び上がって、あたふたと逃げ帰っていった。
老人はふたりを戸口まで追いかけ、
「どちらか決まったら、教えてほしいもんだ!」と皮肉たっぷりに言った。
「いいか天罰が下るぞ!」
スタンガスンは怒りで顔を真っ青にしながら、声を張り上げた。「あんたは預言者と四長老会にたてついたんだ、
一生後悔させてやるからな。」
「主の御手がお前に重くのしかかる!」とドレッバー青年。「主は立ち、お前を打ちのめしたもうぞ!」
「なら返り討ちにしてやる!」フェリアは怒りのままに叫び、階段を駆け上がって銃を取りに行こうとした。しかしルーシィが父親の腕を掴んでひきとめる。
振りほどいたときには、もう馬のひづめの音が聞こえ、ふたりは手の届かないところまで行ってしまっていた。
「信心を気取りおって!」と、額の汗をぬぐいながら言う。「あんなやつらの嫁にさせるくらいなら、ルーシィに死んでもらった方がまだましだ。」
「そうね、父さん。」ルーシィは屈託なく答える。「でも、ジェファースンがすぐ帰ってくる。」
「そうだ、まもなく来る。
早いほどいい。次にどう出てくるかわからんからな。」
 その通り、事態はもうすでに、この支えとなる人物がこの屈強な農夫とその養女を救いに来なければならない段にまで来ていた。
この開拓地の歴史を通じて、これほどにも長老の権威に真っ向からたてついたのは、今までなかったことだ。
ささいな誤りさえ厳しく罰せられるというのに、かくもあからさまに刃向かえば、その先にはいったいいかなる運命が待ちかまえているというのか? 
フェリアは自分の富や地位が何の役にも立たないとわかっていた。
同程度の地位や財を有していた者が姿を消した例もある。その財産は教会に没収された。
フェリアは勇敢な男だったが、それでもこの影のようにつきまとう言い知れぬ恐怖には、震えるほかなかった。
中身の知れた危険なら、口を結んで立ち向かうこともできる。
だが何もわからないだけに心が乱される。娘には恐れを隠し、何の問題もないというふうに装っていた。それでも心配そうに父を見つめる娘には、父が気に病んでいるのが痛いほどわかった。
 フェリアは、この行いについてヤングやら何らかの言葉なり戒めなりがあるものと思っていた。果たしてそれは正しかったが、思いも掛けない形でやってきたのだった。
翌朝目を覚まして驚いた。小さな四角い紙が一枚、フェリアの胸あたりを覆っているベッドカヴァーの上に針で留められていたのだ。
そこには太く乱暴な字でこう記されていた。
「二九日を改心のために与う。しかるのちは――」
 その最後に引かれた線が、どんな嚇し文句よりも恐怖を掻き立てる。
この警告文がどうして部屋のなかにあるのかが、ジョン・フェリアにはまったく不可解で、使用人たちは離れ家で眠っている上、戸や窓もみんなしっかり締めてあった。
フェリアは紙を手にするとくしゃりとつぶし、娘には何も言わなかった。が、この出来事はフェリアを心の底から震え上がらせた。
二九日は、ヤングの約束した一ヶ月と確かに計算が合う。
このような謎の力で武装した敵に対して、有効な力なり勇気なりはあるのだろうか。
その針を留めた手は、フェリアの心臓を貫くこともできた。そうすれば、殺しの下手人さえわからなかったはずなのだ。
 あくる朝はさらに衝撃的だった。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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