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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Study In Scarlet 緋色の研究 第二部 第六章 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「で、私は一五分、いやもっとか、待っているといきなり室内から人の争うような物音が聞こえてきまして。
次の瞬間、戸がばんと開け放たれ、ふたりの男の姿が。ひとりはドレッバーで、相手は見たこともない若造でした。
男はドレッバーの襟首につかみかかり、敷地の際まで来ると、突き倒し蹴飛ばして、やつを道へ半ば追い出す格好です。
『この犬め!』と持っていた棒をやつに振り回して。『これが乙女の操を汚そうとした報いだ!』
気持ち昂ぶるあまり、その若造はドレッバーを棒で殴りかからんばかり、ろくでなしは力を振り絞って脚を動かし、ただ道をふらふら前へ。
角のところまで走ってきて、そこで私の馬車を認めて呼びつけ乗り込みました。
『ハリデイ・プライヴェート・ホテルだ。』
 まんまと馬車のうちにとっつかまえて、そのとき私の胸は喜びに弾むあまり動脈瘤がひどいことにならないかとひやひやものでした。
ゆっくりと馬車を転がしながら、何をするのが最善かあれこれ考えました。
そのまま郊外に連れ出して、どこかひとけのないところで〆のやりとりをするか。
ほとんどそれに決めかけていたところへ、やつ自ら問題を解決してくれたのです。
またぞろ飲みたくなってきたのか、安酒場の表で止めてくれと言いつけられまして。
そこで閉店時間まで粘ったやつは、出てくる頃にはもう前後がわかりません。そうです、獲物はこちらのなすがままです。
 血も涙もなく殺すつもりだったなんて、とんだ誤解です。
やったとしてもそれはただ厳正なる正義だったでしょうが、私はそんなことする気にはなれません。
ずっと決めていたのです、やつに命がけの運試しをさせてやると。やってみるかは本人の希望次第ですが。
日々渡り歩きながらアメリカのあちこちで世話になってきましたが、ヨーク校の研究室で雑用兼掃除係をしていたことがありました。
ある日、毒物の講義をしていた教授が、生徒にアルカロイドとか言うものを示しまして。南アメリカの矢毒から抽出したもので、強力すぎるあまりごく微量でも即死するとか。
この調剤を保存してある瓶を何とか見つけ出し、人の出払った際にほんの少し失敬しました。
私自身いっぱしの薬剤師でしたから、そのアルカロイドに手を加え、水に溶ける小粒の錠剤にして、その一錠を、毒なしで作った同じ見た目のもの一錠と一緒に箱へ収めました。
そのときに決めたのです、その機会が来たら、それぞれに箱から一錠取り出させて、残った方を私が頂く。
そうすればハンカチでくるんで銃を撃つよりもはるか静かに人が死ぬわけですよ。
その日以来、私はその錠剤の箱を常に持ち運び、そしてついにそいつを使うべき時がやってきたのです。
 それは一二時よりも一時に近く、土砂降りの凍てつく夜、風は強く雨は滝のよう。
外は陰鬱ですが私の内は晴れやか――それだけに純粋な喜びから雄叫びを上げそうなほど。
もし皆様方のどなたかが何かにずっと焦がれており、二〇年の長きにわたって望んでいたとして、いきなりそれが手の届くところに現れたら、私の気持ちもわかってくださいましょう。
私は葉巻に火を付け、気を落ち着かせるために吹かしましたが、手は震え、緊張するこめかみはずきずき。
馬車を転がすなか目に映るのは、ジョン・フェリアさんといとしのルーシィ、闇のなかから私を見つめ微笑みかけるその姿は、この部屋に皆さんを見るのと同じくらいはっきりでした。
道中ずっとふたりが私の前方左右に立ってくれていて、ついにブリクストン通りの家屋のところで車を止めます。
 あたりにひとけは一切なく、物音もなくひっそり、あると言えば雨音だけ。
窓からなかをのぞき込むと、なんと酔いつぶれたドレッバーは身体を丸めて眠っていて。
私は腕を揺すぶって『車、着きましたよ』と言います。
『おう、運ちゃん。』とやつ。
 どうもやつは指示したとおりのホテルへ着いたと思ったようで。そのまま一言もなく車を降りて、私について敷地のなかへ。
ふらふらしないよう私が脇から支えなくてはなりません、やつは昔と変わらず頭がちの小男でしたから。
辿り着いた先の戸を開けて、入ってすぐの部屋へ連れ込みました。
誓って言いますが、そのあいだずっとあの父娘が私たちの先を歩いていたのです。
『忌々しいほど暗えな。』やつの体重で軋む床。
『すぐに明かりが点く。』と私はマッチを擦って、持ち歩いていた蝋燭に火を付ける。
『さてイーノック・ドレッバー。』と向き直って言葉を継ぎ、自分の顔の前に明かりを持ってくる。『オレは誰だ?』
 酔いでしょぼしょぼした両の目でふいにこちらを捉えるや、やつの顔にさっと恐怖の色。その引きつった顔面から私のことに気づいたと知れました。
青ざめた顔でよろよろと後ずさり、やつの額に汗が噴き出すのがわかりまして、始終歯をがたがた震わせます。
その有様に私は扉へもたれかかり、長々と高笑いをしました。
仇討ちは気持ちいいものだとわかっていたつもりでしたが、これほど魂に安らぎが充ち満ちるとは今まで思ってもみなかったのです。
『この犬め!』と私。『ソルト・レイク・シティからサンクト・ペテルブルクまで追いかけたが、いつも逃げおおせたな。
今ついに、お前のさすらいの旅は終わりを迎える。なぜなら、お前か私か、どちらかは明日の日の出を見ないが定め。』
私の話す間もやつはさらにずるずる後じさる、それにやつの顔を見る限り、私がおかしくなったと思ったようで。
確かにあのときの私はそうでした。
こめかみは杭打ちのごとくがんがん脈打ってましたから、鼻血が垂れて我を取り戻してなくば、ある種の発作が起こっていたことでしょう。
『今、ルーシィ・フェリアのことをどう思っている。』と扉に鍵を掛けながら声を荒げ、やつの面前でその鍵を振り回して。
『罰の歩みは遅々としていたが、ついにお前に追いついたわけだ。』
目の前の腰抜けは話すあいだ唇を震わしていて。
普通なら命乞いするところだが、無駄だと言うことはよおくやつにもわかっていて。
『お、おれを殺すのか。』とやつは口ごもります。
『これは殺しじゃない。』と私は答えます。
『狂犬をただ駆除して何になる? 
私の可哀相な想い人に何の慰みをかけた、お前がなぶり殺しにした父から娘を引き離したとき、乙女をお前の呪わしい恥知らずの後宮へ連れ去ったときに!』
『おれじゃねえ、親父の方を殺したのは。』とやつは叫ぶ。
『だがお前だろ、あの子の罪なき心を砕いたのは。』声を上ずらせながら、私は箱をやつの前へと差し出します。
『天の主にふたりだけで裁きを委ねよう。選んで口に含むんだ。
片方に死、もう片方には生がある。
私はお前が残した方を取る。さあ確かめよう、この世に正義があるのか、それともすべては運次第なのか。』
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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