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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of The Dancing Men 踊る人形 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「わかりにくいところは、その都度お訊ねください。
昨年、私が結婚したところから始めましょう――いえ、まずその前にお耳に入れておきたいのですが、私の家は、決して裕福ではありませんが、ここ約五世紀の間は今のリドリング・ソープに住んでいて、ノーフォークのあたりでは第一の旧家だということです。
昨年の記念祭の折、私はロンドンへ来て、ラッセル・スクエアの宿泊所に滞在しました。それは私の教区で牧師をやっているパーカーさんが滞在していた関係からです。
そうするとそこに、アメリカの若いご婦人がいて――パトリックという名前で――エルシィ・パトリックです。
いろいろあって私どもは知り合い、帰らねばならぬころには、もう、これでもかというくらいに、恋に落ちておりました。
それで私どもは早速、結婚の手続きをすませ、夫婦としてノーフォークに帰りました。
おかしいと思われるでしょう、ホームズさん。こんな旧家の人間が、こんなふうにして、相手の過去も家族も知らないままに結婚してしまうなんて……しかし、妻をご覧になり、人となりを知ってくだされば、ご理解いただけるかと思います。
 とにかくあれは真面目です、エルシィは。私が訊ねさえすれば、包み隠さず言ってくれたと思っています。
『わたくしには、とても厭な思い出がございます。』と妻は言うのです。『どうにかして忘れたいと思っております。
過去のことは、できれば口にしたくもありません。とても、つらいことですから。
ヒルトンさん、あなたが私を求めてくださるなら、あなたはひとりの女を、人として恥ずべきことなど何ひとつない女を得ることになりましょう。その代わり、あなたは、わたくしの言葉を信じて、妻になるより前のことは口を閉ざしても構わない、そうおっしゃってくださらねばなりません。
もしそれでこのお約束が無理だとおっしゃるなら、どうぞわたくしをこのまま残してノーフォークへお帰りください。』
これは私どもの結婚の前日、妻が私に言った言葉です。
それで私は妻の言葉をそのまま受け入れて、その後もこの約束をかたく守ってきました。
 そしてその後私どもはこの一年のあいだ、結婚生活を続けて参りましたが、私どもは実に幸福でした。しかし一ヶ月ほど前、六月の末に、私ははじめてわざわいの兆しを見たのです。
その頃、妻はアメリカからの手紙を受け取りました。
アメリカの消印があったんです。
そのとき、妻の顔は気絶しそうなほどに真っ青で、手紙を読むと、それをそのまま火の中に投げ込んでしまいました。
その後、妻は別段そのことについて何も言いませんでしたし、私もまた約束に従って、そのことについては一言も触れませんでした。しかし妻は、それ以来ずっと、何か不安げで――
どうか頼ってくれ。ここに最高の伴侶がいるじゃないか……
でも、妻が言い出さなくては、こちらから切り出せない。わかってください、妻は誠実な女性なのです、ホームズさん、もし過去に何かいざこざがあるとしても、妻の落ち度ではないはずです。
私はノーフォークの田舎者にすぎませんが、それでも英国随一の旧家だと、
妻も存じておりますし、結婚前から認めておりました。
まさかその妻が、私の家名を汚すなどありえません。それは絶対です。
 さていよいよ話が奇怪な部分に進むのですが、
一週間ほど前――そうです、先週の火曜日です――私はガラス窓の上に、この紙にあるようなでたらめな、小さな踊る人形が描かれているのを発見しました。
それはチョークで殴り描きされていて、
私は馬番の少年がやったのだと思ったのですが、その坊主は、全く知らないと言い張るのです。
とにかく夜に描かれたものでした。
私は洗い落としてから、このことを妻に話しました。
ところが驚いたことに、妻はそんなものをまじめに取り合って、もしまた描かれたらぜひ見たいと言うのです。
それから一週間は描かれなかったのですが、ちょうど昨日の朝、また私は、庭の日時計の上に、この紙切れが置かれているのを見つけました。
私がそれをエルシィに見せますと、卒倒して倒れてしまったのです。
それ以来、妻はぼうっとしてしまって、いつも何かにおびえた目をするのです。
それから私はホームズさんに手紙を書いて、この紙切れをお送りした次第です。
こんなもの、まさか警察に訴えても笑いものにされて取り合ってくれないでしょうし、あなたでしたらどうすべきか教えてくださると思ったのです。
私は決して裕福ではありませんが、何かが妻をおびえさせているのだとしたら、全財産をかけても妻も守ってやりたいと思うのです。」
 善良な男だ――古き良きイギリス人――素朴で実直、そして温和、目は大きく熱意のこもった青色、顔は大きく端正。
ホームズは集中してこの話を聞いていたが、そのあと、しばし黙って思案に沈んでいた。
「ですが、キュービットさん。」ようやく口を開く。「最善の策は、直接奥さまにお訊ねになり、秘密を打ち明けてもらうことではないでしょうか。」
 ヒルトン・キュービットはその大きな頭を振った。
「約束は約束です、ホームズさん。
もしエルシィが話していいと思うくらいなら、向こうから話してくれます。
また話したくないことなら、強要したくありません。
それでも、私には私でできることがあるはず――なのです。」
「ならば全力でご相談にあずかります。
ではまず、近所に不審な人物を見たという話は?」
「ありません。」
「たいへん閑静なところかと存じますが、新顔などが現れたという噂は?」
「ごく近所で、ありました。しかし近場に海水浴場がありますので、よく地主どもが人を泊めるのです。」
「この絵文字は、確かに何か意味がある。
もしまったくのでたらめとすればお手上げですが、
ここに規則があるなら、必ず暴くことができます。
ですがこれだけではなにぶん短くて、いかんともしがたく、またお聞かせいただいた事柄も、まだ漠として何とも調べようがありません。
おすすめしたいのは、一度ノーフォークにお帰りになって、注意深く監視をし、再度この踊る人形が現れた際には、それを正確に写し取ることです。
先の窓ガラスに描かれたものの写しを見ることかなわないとは、残念至極です。
辺りに不審者がないかどうかも、じゅうぶん注意願います。
新たな証拠が手に入りましたら、またおいでください。
これがあなたに対しての、僕の最善の答えです。それではヒルトン・キュービットさん、
もし新展開でもありましたら、そのときはいつでも出立して、ノーフォークのお宅でお目にかかりましょう。」
 この会見ののち、シャーロック・ホームズは深く考え込んでしまった。そして二三日の間、手帳から例の記号の描かれた紙切れを取り出しては、じっと熱心に見つめるのであった。
二週間ばかりのあいだ、ホームズはそのことをおくびにも出さなかったが、ある日の午後、私が外出しようとするところを呼び止めたのであった。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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