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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of The Dancing Men 踊る人形 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ここにいた方が賢明だ、ワトソン。」
「どうしてかね?」
「今朝、ヒルトン・キュービットから電報が来た。
ほら、あのキュービットだ、踊る人形の。
彼は一時二十分にリバプール街に着くはずで、まもなくここに来る。
電報から察するに、何か大事が起きたらしい。」
 やがて二輪馬車が全速力で、駅から依頼人のノーフォークの紳士を乗せてやってきた。
憔悴した様子で、目は疲れ、額には皺を寄せている。
「息が詰まりそうな事態で、ホームズさん。」依頼人は半病人よろしく、肘掛椅子にもたれかかった。
「落ち着きません。得体の知れない人物がどこか近くに潜んでいて、何かをたくらみ、さらに妻がじわじわと殺されていくと考えるだけで、もう、身体がもちません。
そんな状況下で、妻は弱りつつあるのです。まさに私の目の前で。」
「奥さまはまだ何も?」
「ええ、ホームズさん、言いません。何か言いたげにはするんですが、やはり決心がつかないのか。
助けようともしたんです。でも私が不器用なもんですから、余計こわがらせるだけで。
妻が、私の家系のこと、地域における名声、また汚れなき名誉などに言い及ぶこともあって、いよいよ本題に入るのだと思ううちに、 話がよそに逸れてしまって。」
「何かご自身でお気づきになったことは?」
「たくさんあります、ホームズさん。何枚か新しい踊る人形を、ぜひご覧ください。それに、人影を見たんです。」
「それは、この記号を描いた張本人ですか?」
「ええ。その現場を見たのです。
とにかく、一から順番に話しますね。
私がこの前お訪ねして帰って、その翌朝にまた新しい踊る人形の一群を見たのです。
それは、物置の黒い扉の上にチョークで描かれていました。そこから芝生を挟んだ向かいの窓から、まっすぐ見えるのです。
正確に写し取りました、これです。」
依頼人は一枚の紙を卓上に広げた。
これがその絵の写しである。
「素晴らしい!」とホームズは言った。「素晴らしい! どうぞ次を。」
「写し取ったあと、その絵を消してしまったのですが、その次の次の朝、また別のものが描かれてありました。
この写しになります。」
 ホームズは手をこすり合わせ、ほくそ笑んだ。
「データが次々と集まっています。」
「それから三日経って、紙の上になぐり描かれた一枚の伝言が、日時計の上にある小石に立てかけてありました。これです。
ご覧の通り、さきほどのとまったく同じです。
それでこのあと、私はひとつ待ち伏せてやろうと思い立ちまして、リヴォルヴァを用意して書斎から芝生や庭を見張りました。
午前二時頃、私は窓際に腰掛けていて、外は月明かり以外まったく光がありません。そのとき、ふと背後に人の気配を感じました。化粧着ドレッシング・ガウンを着た妻がおりまして、
私に寝室に帰るよう言うのですが、
私は素直に、このふざけたいたずらの張本人を突き止めるつもりだと告げました。
そうすると妻は、きっとつまらないいたずらなのだから、深く気にとめないでと言うのです。
『どうしてもお気になさるのでしたら、ヒルトン、いっそ旅に出ましょう――ふたりで。そうすれば、わずらわしいことからも逃れられますから。』
 私は言いました。『なに、ほんのいたずらのために自分の家から逃げたとあっては、
まったく世間の笑いものではないか。』
『とにかく寝室に戻りましょう。』と妻が言います。『色々考えるのは、朝でもよろしいでしょう?』
 そのとき、妻の顔にさっと月の光が差して、いっそう青白く見えました。妻の手が私の肩をぐっとつかんだとき、
物置小屋の陰で、何か動いているのに目がとまりました。
何かさっと動く黒い影が、角のあたりをはい回って、戸口の前にうずくまったのです。
私はやにわに拳銃を持って飛び出そうとすると、妻は両腕でしっかりと私を抱きとめて、ふるえるような力で押さえるのです。私は妻を振り放そうとしましたが、妻も必死で、
やっと振り払って物置へ行ったときには、もう姿がありませんでした。
しかし、確かに何かのいた形跡があって、扉の上には、例の踊る人形があったのです。前二回と同じ絵で、さきほどの紙に写した通りです。
それから周囲をくまなく探しましたが、何の痕跡もありません。しかしまだ驚くことがありまして、そやつはその後も現れたらしく、翌朝になって、私が例の扉を見ると、昨夜見たものの下にさらにいくつか描かれていたのです。」
「今までのものと別のものですか?」
「ええ、とても短いものですが写してきました、これです。」
 依頼人はまた一枚の紙を取り出した。
新しい踊りは、次の通りだ。
「教えてください、」とホームズが言う――目を見れば、その興奮が見て取れる――「最初のものにただ付け足されていたのか、それとも別のものとして描かれたように見えましたか?」
「前のとは、別の板に描かれていました。」
「素晴らしい! これは何より大切な証拠となりましょう。欲しいものは揃いました。
さて、ヒルトン・キュービットさん、その興味深い話をお続けください。」
「もうこの先はないのですが、ホームズさん、ただ、私はその日の晩に妻を叱りまして、私が曲者をつかまえようと出て行くのを引き留めたんですからね。
そうすると妻は、私が怪我をしてはいけないからと言い訳するのです。
その瞬間、心によぎったんです。妻が案じているのは私でなく、向こうの怪我なのではないかと。つまり、妻は相手が何者かを知っていて、その変な暗号もわかっている。
しかし、妻の声の調子なんですよ、ホームズさん、目の色も、どうも嘘をついているとは思えないんです。それで私は、やはり本当に妻が心配したのは、私の身であったのだと考えます。
これでもう話は終わりましたが、さてどうすればいいのか、ご助言いただきたいです――私の考えとしては、小姓どもを五、六人茂みに潜ませて、出てきた曲者をしたたか打ちのめせば、以後私どもに近寄ることもな いかと存じますが。」
「そんな単純な手で収まりはつきますまい。」とホームズは言う。
「ロンドンにはどの程度ご滞在で?」
「今日中には帰宅を。妻を一晩中ひとりにしておくなんて、とんでもない。
おびえきって、必ず帰ってきてくれと申すのです。」
「それが正しいかと。ご逗留なら、一両日中にはご同行しようかと思いましたが――
では、この紙はあずからせてください。近いうちにお訪ねして、この事件に多少の光明を投げかけることができるかと思います。」
 シャーロック・ホームズは、この依頼人が立ち去るまでその職業的な冷静を保っていたが、ホームズを熟知する私には、ホームズの内なる興奮が見て取るようにわかる。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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