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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of The Dancing Men 踊る人形 4

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
ヒルトン・キュービットの広い背中が扉の向こうに消えると、すぐさまホームズは机に走り寄り、例の踊る人形の紙を自分の前に並べて、込み入った計算にじっと取り組むのであった。
 二時間ばかり、何枚も数字と文字を書くホームズの姿を、私はながめていた。その仕事に没頭するあまり、私の存在などどこへやらという風であった。
時には順調で口笛を吹いたり口ずさんだり、また時には難渋してじっと座り込み、眉をひそめ目をうつろにさせることもあった。
やがて最後には椅子から飛び上がり喜びの声を上げ、手をこすり合わせながら部屋中を歩き回る。
それからホームズは海外宛の長い電報を書く。
「これの返事が思った通りなら、君はまたひとつ愛くるしい事件を君の記録に加えられるよ、ワトソン。」と言う。
「明日にはふたりでノーフォークへ行き、あの依頼人が思い悩む謎に対して、はっきりしたことが告げられるものと思う。」
 正直、私は心躍る思いだった。しかしわかっている、ホームズはいつも自分の頃合と流儀で種明かしをしたい人間なのだ。だから、解き明かすのにちょうどいい時がくるまで待つことにした。
 だが返信はなかなか来なかった。もどかしくも二日が過ぎ、ホームズは呼び鈴にずっと耳を傾けていた。
二日目の夕べに、ヒルトン・キュービットから手紙が一通届いた。
それによれば、その後の身辺は静穏だが、その日の朝、また日時計の上に長い書き込みがあったからと、
その写しが同封されていた。この通りだ。
 ホームズは数分のあいだ、この奇怪な帯状の絵に見入っていたが、突然声を上げて立ち上がった。驚きとおののきが入り交じり、
顔が憔悴している。
「様子を見すぎたか。」とホームズは言った。
「今夜の北ウォールシャム行きの汽車は?」
 私は時刻表を繰ってみた。
最終電車が出たばかりだ。
「では朝食を早めにとって、朝一の汽車に乗らねば。」とホームズが言う。
「可及的速やかな行動だ。
来た!待望の外電だ。
ちょっと待って、ハドソンさん、返事が必要
――いや、思った通りだ。
この知らせが来た以上、一刻の猶予もならぬ。ヒルトン・キュービットに事の次第を知らせねば。これこそ、あのノーフォークの地主にからみついている、怪しく危険な蜘蛛の糸なのだ。」
 まさにその言葉の通りだった。単なる子どもだましに思えたお話の、あの暗澹たる結末に筆が及んだら、私はあのとき感じた戦慄をもう一度味わうことになろう。
読者諸君にはどうにかしていい話を聞かせたいと思うのだが、以下が事実の記録であり、このリドリング・ソープ荘園という名が、たった数日でイングランドのありとあらゆる家庭で口の端にのぼることになった物語を、私は続けねばならない。
 我々が北ウォールシャムで下車し、行き先を言うやいなや、駅長が我々の前に走ってきた。
「ロンドンからおいでの警察の方々ですね?」
 ホームズの顔に、当惑の色がさす。
「いったいなにゆえそうお思いに?」
「実はさきほど、マーティン警部がノリッジからお越しになったものですから。
ですがお医者さまでいらっしゃるかもしれませんね。
奥さんはまだ生きてます――さっきうかがったところでは。
まだ間に合います――まあ、いずれ首を括られるでしょうが……」
 ホームズの顔が不安にかげる。
「実はリドリング・ソープ荘園に向かう途中で、何が起こったのかまだ知らないのです。」
「恐ろしい事件ですよ。」と駅長が言う。
「ヒルトン・キュービット氏とその奥さんが撃たれたのです。
奥さんが旦那さんを撃って、それから自分も撃ったというのが、召使いの話です。
旦那さんの方は息がなく、奥さんももうだめでしょう。
どうもまったく、ノーフォークの旧家、名門の末裔だというのに……」
 ホームズは一語も発せず馬車へ駆け込み、それから七マイル以上の道中、決して口を開かなかった。
私は、ホームズがこれほど落胆しているのを、そう見たことがない。
町から車に揺られているあいだずっと落ち着かない様子で、朝刊にただじっと不安な視線を落とすホームズを、私は横からながめていた。そして予想した中でも最悪の結果に至っていることがわかった瞬間には、茫然自失のていであった。
座席にもたれかかり、ホームズは先の見えない物思いに沈む。
もちろん馬車の両側には、興味深い眺望が広がってはいる。つまり、我々が今走っているのは、イングランドでも有数の田園地帯である。まばらな人家がその現在の人口を思わせ、一方で、どちらを向いても、尖塔を持つ教会が、緑広がる風景のなかにいくつもそびえ立っている。旧東アングリア王国の栄枯盛衰を物語るながめだ。
やがて北海の紫がかった水面が、ノーフォークの緑の海岸線の向こうに見えてくる。すると御者は、むちで樹木から突き出ている煉瓦と木でできた二つの破風をさして、
「あれがリドリング・ソープ荘園です」と言った。
 ポルチコ型の玄関先へ乗り付けると、私はその屋敷を正面から見やった。わきにはテニスのできる芝地と黒い物置小屋、台座付きの日時計があり、今回の不思議な事件を思い起こさせた。
隣では、口ひげをととのえた、身のこなしの軽いひとりの小柄な男が、ちょうど二輪馬車を降りたところであった。
その男は、ノーフォーク警察のマーティン警部であると自己紹介したが、我が友の名を聞いたときはかなり驚いた様子だった。
「これはホームズ先生、犯罪は今朝三時に行われたばかりなのですが、
ロンドンから聞きつけて私と同時に現場に着くなんて、いったいどうやって?」
「先を読んだのです。
防げればと思いやってきました。」
「では大事な証拠をすでにお持ちで。わからんのですよ、ふたりはたいへんむつまじい夫婦だという評判なので。」
「証拠と言っても、踊る人形があるのみです。」とホームズは答え、
「いずれご説明に及びましょう。
何にせよ、この悲劇には手遅れですが、正義が行われるためにも、今持っている知識を活用したいと思います。
警部のお気持ちは、捜査は共同、別々、どちらがよろしいです?」
「一緒にやらせていただけるなんて、とても光栄です、ホームズ先生。」警部は熱意を込めて言った。
「ぐずぐずせず、早速聞き取りと邸内の捜査を始めましょう。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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