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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ハドソン夫人――彼女はシャーロック・ホームズの家主であるが、辛抱強い女性である。
二階の部屋には四六時中、おかしな、しかも大抵は歓迎できない連中が上がり込むばかりでなく、その居住者ときたら生活が突飛で不規則で、これにはさすがの彼女もあきれ顔だったろう。
ホームズは信じられないほどだらしないし、とんでもない時間に楽器をかき鳴らす。室内での気まぐれな射撃訓練、時々異臭さえする妙な化学実験。それに加えて身辺には血と危険の匂いがするというのだから、ロンドン一最低の下宿人だ。
だが一方で払いが良かった。
私と同居していた時期の家賃をまとめれば、軽くあの家を買い取れたに相違ない。
 家主はホームズに畏敬の念を抱いており、なす事がいかに常識に反していても、一言も口を挟もうとしなかった。
それに彼女はホームズのことが好きだった。女性に対して非常に優しく、礼節を持って接したからだ。
ホームズは一般に言う「女」を嫌い、信用しなかったが、それは常に対等な相手と見て、騎士たらんとしたからだ。
彼女のホームズを慕う心は本物であると知っていたので、私の元を訪れてまで話す彼女の言葉に、私は耳を傾けたのであった。それは私が結婚して二年経った頃のことで、我が友人が今や哀れ、見るに堪えない状態に陥っているという話だった。
「今にも死にそうですの、ワトソンさま。」とハドソン夫人は言った。
「この三日というもの、やつれる一方で、今日一日生きられますかどうか。
それなのに医者は呼ぶなと。
今朝などは頬がこけて、目をぎょろつかせるものですから、居ても立ってもいられなくなって。
『お許しがあろうとなかろうと、ホームズさま、この足でお医者さまを呼びに参ります。』とわたくしは申し上げました。
すると『ならばワトソンを。』とおっしゃいまして。
片時も目を離したくはありません。死に目にお会いになれないかも。」
 驚いた。今まで病気など一度もなかった彼のことだ。
何も言わず外套と帽子をひっかけ、
私は車中、事情を教えてくれと頼んだ。
「お話しできることがほとんどなくて。
ちょうどロザハイズに出向して事件をお手がけで、河近くの並木道です。そこからこの病気をお持ち帰りに。
水曜の午後から床にお就きになったまま、寝たきりなんです。
この三日間は、喉に何もお通しになさらず。」
「そんな! どうして今まで医者を?」
「お止めになるのです。
あの方、強情でしょう? 
ですから押し切れなくて。
でも、もう永くはございません。わかります、ご覧になれば、すぐ。」
 確かに本人は、見るも無惨な有様だった。
霧深い十一月の日の薄明かりだ、病室は陰気な所となり、さらに寝台から私へ向けられた憔悴の顔が、私の肝を冷やす。
熱のために目に力が入りすぎ、両頬には消耗性紅潮が見られ、唇は変色した瘡蓋が。布団の上で、手は絶えず痙攣し、声も枯れて途切れ途切れだ。
私が入室したとき、ぴくりともしなかったが、姿を見るや目が反応したので、気づいてはいるらしい。
「どうも、ワトソン、ふたり揃って災難だね。」声は力無いが、いつも通りの気の置けない口ぶりだった。
「まったく君は!」と私は近づきながら叫ぶ。
「来るな! 下がれ!」緊迫感のあるその鋭い声が、私の心に「危篤」の二文字を思い起こさせる。
「近寄るなら、ワトソン、君にここから出ていってもらう。」
「なぜだね?」
「僕が嫌なんだ、それでいいだろう?」
 なるほど、ハドソン夫人の言う通りだった。
いつも以上に強情だ。
とはいえ、その窶れたさまは見るも気の毒だ。
「助けたいだけなんだ。」と私は言う。
「その通り! 僕の言う通りにしてくれると何よりも助かる。」
「わかった、ホームズ。」
 するとホームズも気を緩める。
「気を悪くしないでくれ。」と息も切れ切れに言った。
 気の毒に、こんな有様で伏せる相手に、どうして怒ったりできよう。
「君自身のためだ、ワトソン。」と声をしぼる。
「私のため?」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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