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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of The Empty House 空家の冒険 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「さて、これでまた昔通りになったわけだね。
しかしまだちょっとした食事をとるだけの時間はあるのだが、出かける前にちょっとすまそうじゃないかね。
さてそうしていよいよ、断崖談としようさ。
ところがね君、僕はあすこから遁げ出すのには、決して大した苦労はしなかったのだ。と云うのは、実は僕は、あの中に落っこちはしなかったのさ」
「落っこちはしなかったって?」
「もちろんさ、ワトソン君、僕は実は落っこちなかったのだ。
僕が君に与えた通諜は、たしかに正直正真のものさ。
しかし僕もあの遁げ道の途中で、死んだモリアーティ教授の、何となく不吉な顔に目が止まった時は、ちょっと、これはいよいよ俺もこれまでかなとも思われた。
彼の目には確に、凄愴な決心が充ち充ちていた。
それで僕は彼とちょっと二三語応酬し、あの短い通諜を書く、好意ある許しを得たのだった。が、つまりその時書いたのが、後に君のところに届いたものさ。
それから僕はそれを、自分の煙草入れとステッキと一緒に置いて、その小径に沿うて歩き出した。モリアーティ教授は、すぐに僕の後に尾いて来る、
――それから僕はいよいよ道がつきた時に、湾の縁に立ち止まった。
彼は武器の類はとらなかったが、僕に跳りかかって来て、その長い腕を僕に巻きつけた。
彼はもう自暴自棄になり、ただひたすら復讐の念に燃えていた。
われわれ二人は、滝の縁で揉み合ったままよろめいた。
僕は、いわゆる日本の柔道と云ったようなものに、多少の心得があるが、これは一再ならず僕には有効であったものである。
僕がするうっと彼の把握から抜け出ると、彼はもう死に物狂いの金切声を上げながら、ものの数秒間も無茶苦茶に僕を蹴り、それから両手で虚空をつかんだ。
しかしそうして彼が、死に物狂いの努力をしたにもかかわらず、身体の平均はますます崩れて、遂に転落してしまったと云う始末さ。
僕は断崖の縁から顔をのぞかせて、長い距離を転落してゆくのを眺めた。
彼の身体は一度は、大きな岩に打ちつけられ、それから大きく跳ね上りざま、ざんぶと水に落ちて行ってしまったのだ」
 私はただ驚異の目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)りながら、彼の言葉に傾聴した。ホームズはまた、煙草の煙をぷっぷっと上げながら話しつづける、――
「しかし君あの足跡は、――?」 私は言葉をさしはさんだ。
「僕はたしかにこの目で、二人が小径を下りて行って、あとそのどちらも帰って来ないことを、見届けたのだがね」
「それはこう云うわけさ。
モリアーティ教授が転落してもう姿が消えてしまった瞬間には、全く何と云う僥倖が恵まれたのであろうと思われたよ。
しかし僕はまた、僕の命を狙いに狙っている者は、決してモリアーティ教授ばかりではないと云うことは知悉していた。
少なくとも三人以上の者が、その主領の死によって、ますます復讐の瞋恚に燃えて、僕を呪い狙っているのであった。
この連中はいずれも、恐るべき人間共だからね。
その中の誰かは、たしかに僕を仕止め得たかもしれなかった。
しかしまた、一面から云えば、もう全社会が僕の死を信ずるようになれば、この連中とても自儘になって、その行動も現になって来る、――そうすると僕はいずれ早晩彼等を撃滅することが出来ることになる。
こうしてから僕は自分が、たしかにまだ現世に踏み止まっていると云うことを世間に発表することにする。
僕は実際、人間の頭と云うものも、実に敏感に働くものだと思うが、僕はこれだけのことを、モリアーティ教授が、転落してライヘンバッハ瀑布の水底に、達するまでの間に考えついてしまったのだ。
 それから僕は起き上って、背後の岩壁を検べてみた。
僕が数ヶ月の後に、実に興味深く読んだ、君のこの事件に対する絵を見るような記録には、その岩壁は、切り立てたようであったと記されてあったが、
しかしあれは必ずしも、文字通りには正しくはなかったのだ。
二三ヶ処、足掛りになるようなものもあったし、また、窪地さえもあったのだ。
確にその高さは大したもので、とても一気に上らるべきものでもなかったし、またあの湿った小径は、全く足跡を止めずに辿ると云うことも、明かに不可能なことであった。
僕はこうした場合に、以前にもやったように、靴を後前を逆にしてはこうかとも思ったが、しかし同一方向に三つの足跡があると云うことになると、それはもう一目瞭然に、瞞著であると云うことが看破されてしもう。
それで結局、僕はとにかく這い上るより外に道はなかった。
しかしこれがまた、ワトソン君、なかなかの大仕事なのだ。
はるか底の方では、滝壺が物凄く鳴り響いている。
僕は決して妄想的な人間ではないが、しかし、実際のところ、どうも滝壺からは、モリアーティ教授の唸り声がきこえて来るようにさえ思われた。
それにまたもし一歩を誤ったら、それこそ百年目だ。
実際、草の根がとれて、手が放れたり、足が岩の切り角から辷ったりして、もうしまったと思ったことも、一度や二度ではなかったよ。
しかし僕はとにかく、上へ上へと這い上った。そして遂に、五六尺も深いかと思われる柔かな苔に蔽われた大きな窪地に到達した。そして僕はそこに、まったくどちらからも隠蔽して、全くいい気持で横になった。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami
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