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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

Silver Blaze 白銀の失踪 6

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
荒地《あれち》を通って少しばかり行くと、死体のあったという凹みへ出た。
凹みの縁《へり》にははりえにしだの藪が繁っていた。そこへストレーカの外套はかかっていたのである。
「その晩は風はありませんでしたね?」 ホームズは訊ねた。
「風はちっともありませんでしたが、雨はどしゃ降りでした」
「そうすると、外套は風に吹き上げられたんじゃなくて、誰かがそこへおいたんだということになりますね」
「そうです。灌木の上へちゃんとのせておいたものです」
「ふむ、面白いですね。地面はひどく踏みにじられているようですが、
兇行以来いろんな人が歩き廻ったんでしょうね?」
「いいえ、ここんところへ莚《むしろ》を敷いて、みんなその上にいることにしました」
「そいつはよかったです」
「この鞄の中にストレーカの穿いていた靴を片っ方と、フィツロイ・シムソンのを一つと、それから白銀の蹄鉄の型を一つ持って来ました」
「ほう! それあ大出来でしたな、グレゴリさん!」
 ホームズは鞄を受取って凹みの底へ降りて行き、莚を真中の方へやって
その上に腹這いになり、両手に顎をのせて眼の前の踏みにじられた泥を注意深く研究していたが、
突然、「や、や、これは何んだ?」 と叫んだ。
 ホームズの発見したものは泥がついて、ちょっと見ると小さな木の枝か何かのように見えたが、蝋マッチの半分ばかり燃え残ったものであった。
「はて、どうして私はそんなものを見落しましたかな」 と、警部は少し苦い顔をした。
「泥に埋《うず》もれていたから分らなかったんですよ、私はこいつを探すつもりでいたから見つかったんです」
「えッ! 初めからあるものと思って探しにかかったんですか?」
「あってもいいはずだと思ったんです」
 ホームズは鞄から靴を出して、それを泥の上の型に一つ一つ合せてみた。
それから凹みの縁《ふち》へ上って来て、羊歯や灌木の間をうろうろと這い廻った。
「もう何んにもありゃしますまいよ」  警部はその後姿を眼で追いながらいった。「百ヤード四方は私が念入りに調べてみたんですからな」
「ですがね」 ホームズは起き上って、
「あなたがそうまで仰しゃるのを探し廻るのは失礼ですから止めましょう。
その代り日が暮れるまでこの荒地《あれち》を少し散歩してみたいと思います。そうすれば明日の調べには地理が分って好都合ですから。それからこの蹄鉄は幸運のお呪《まじな》いにポケットへ入れて行きましょう」
 ロス大佐はさっきから、ホームズの組織的な調べ方にあきあきしていたらしく、この時時計を出してみていった。
「警部さんは私と一緒にお帰りを願いたいですな。
あなたに御相談願いたいことがいろいろありますから。そして白銀の名を今度の競馬から取除いてもらうことが、公衆に対する義務ではないかと思うもんですからな」
「その必要は絶対にありません」 ホームズが傍からはっきりといい切った。
「名前をそのままにしておくだけのことは必ず私がして上げます」
 大佐は一礼して、「そのお言葉を承わるのは非常に欣快です。
私達はストレーカの家でお待ちしますから、散歩がおすみでしたらお帰り下さい。御一緒にタヴィストックへ馬車で帰りましょう」
大佐はグレゴリ警部と共に去り、ホームズと私とは荒地《あれち》の中を静かに歩いていた。
太陽はケープルトン調馬場の彼方に沈みかけて、眼前のゆるやかな傾斜を持つ平原は金色《きんしょく》に染まり、枯れ羊歯や茨のある部分は濃いばら色がかった褐色に燃えた。
が、深い思索に耽っているホームズにとっては、それ等の光景は何んでもなかった。
「我々のとるべき道はだね、ワトソン君」 しばらくして彼はいい出した。
「ジョン・ストレーカは誰が殺したかの問題はしばらく措いて、馬はどうなったかを専ら考えてみよう。
いま、馬は、ストレーカが殺されているうちまたは殺された後で逸走したものとすると、一体どこに逃げるだろう? 
馬というものは非常に群集性の強い動物だ、
だから、もし自由に放り出しておいたら本能的にキングス・パイランドへ帰るか、ケープルトンへ行くかするに違いない。
どうしてこの荒地《あれち》をうろついているものか! 
それだったら今までにちゃんと発見されているに決まっている。
また、ジプシーがどうして馬を誘拐するものか、
ジプシーというものは警察にいじめられるのを厭うから、何か事が起ったときけばすぐにその場所を引き払うものだ。
あんな名馬は売ろうたって売れもしない。
だから馬をつれて逃げるなんてことは、非常な危険があるばかりで、何等利益がない。
これは間違いのないところだ」
「じゃ一体どこにいるんだろう?」
「いまいった通り、キングス・パイランドへ帰ったか、ケープルトンへ行ったに違いない。
しかるにキングス・パイランドへは帰っていないんだからケープルトンへ行ったものに違いない。
これを差当り実行的仮定として、それがどういうことになるか、研究してみよう。
荒地《あれち》のうちでもこの辺は警部もいってるように極めて土地が固くて乾燥しているけれども、
ケープルトンの方へ行くに従って低くなっていて、見たまえ、あそこに細長く凹《くぼ》んだところがある。あの辺は兇行のあった月曜日の晩には、非常にぐしょぐしょだったに違いない。
もし我々の想像が当ってるなら、馬はあそこを通っているはずだから、あそここそ足跡が残っている場所でなければならない。」
 ホームズがこう話す間、私達はすたすたとその方へ歩いて行ったが、二三分で問題の凹みのところまで来た。
ホームズの要求によって私はその凹みの縁《ふち》を右の方へ辿って行き、ホームズ自身は左の方へ行った。が、五十歩と歩かぬうちにホームズが急に声を挙げたので振り返ってみると、来い来いをやってるので、行ってみると、
そこの軟らかい土の上に馬蹄の跡が判然といくつもついていた。ホームズがポケットから蹄鉄を出して当てがってみると、それがぴったり符合した。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami
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