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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Crooked Man 背中の曲がった男 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
背中の曲がった男
 ある日の夜、結婚して数ヶ月後のことだ。私は暖炉のそばに座りながら、寝る前の一服をくわえたまま小説を手にうとうとしていた。日中の仕事でずっと疲れ通しだったのだ。
妻はとうに上へ退ひいており、さきほど玄関の戸締まりの音があったから、召使いたちも下がっていよう。
私は椅子から立ち上がり、パイプの灰を叩き落とす。と、ふと呼び鈴の音が聞こえてきた。
 時計を見た。
一二時一五分前。
こんな遅い時刻であるからただの客ではない。
どうやら患者か、一晩付きっきりかもしれぬ。
しかめ面で玄関へ出て戸を開ける。
すると驚いたことに、戸口に立つのはシャーロック・ホームズではないか。
「よかった、ワトソン。」と我が友人は言う。「まだこの時間なら捕まるかと思って。」
「なんだ君か。さあなかへ。」
「驚いたようだが無理もない! 同時に安堵もしたね? ほお! 
まだアルカディア・ミクスチュアを吸っているのか。君は独身の時からそうだな! 
その上着のふわりとした灰で一目瞭然。
君が軍服の着慣れた男だとも容易に言える。ワトソン、
君が純血の文民と見られることはまずなかろうよ、袖口にハンカチを入れて歩く癖を続ける限りはね。
今晩、置いてもらってもいいかな?」
「喜んで。」
「独り者用の部屋が君のところにあるという話だったが、今厄介になっている人物はないようだ。
この帽子掛けの様子では。」
「だからぜひとも泊まっていってくれ。」
「ありがとう。では、空いてる帽子掛けをひとつふさごう。
気の毒に、英国の職人を近頃なかへ入れたね。よくない兆しだ。
配水管ではなかろうね?」
「ああ、ガス管だよ。」
「おや! 靴の爪痕をふたつも床に残していったか、明かりの届く範囲だけでも。
いや結構、食事ならウォータルーで済ませてきた。それより、君とパイプを一服というなら喜んで。」
 私は煙草入れを友人に手渡し、また友人は私の向かいに腰を下ろして、しばらく無言のまま煙を吹かしていた。
こんな時刻に訪ねてきたのは重大な事件があるからにほかならないと承知していたから、自分から触れてくれるまでじっと待っていた。
「この頃は割に仕事が忙しそうだね。」と、友人は私の方へ鋭い視線を向けてくる。
「ああ、日中は働きづめだ、君の目からは馬鹿馬鹿しく見えるだろうが。」と答え、それから、「それにしても今のは素晴らしい演繹だ。」
 ホームズはひとりほくそ笑む。
「僕は君の癖を知っている点で有利なのだよ、ワトソンくん。
回診が短いとき君は歩き、長くなればハンソム馬車を使う。
君の靴は履きつめているのに汚れがまったくないとすれば、ハンソムの使用を認めねばならぬほど今は忙しいに相違ない。」
「お見事!」と私が声を張り上げると、
「初歩だよ。」と友人は言う。
「今のはほんの一例だが、推理の結果がそばにいる者にとって目を見はるようになるのは、その者が演繹の基点となるささいな一点を見逃しているからだ。
同じことが、ほら、君の書いたささやかな短編のうちの、いくつかの結末にも言えるだろう。あれはまったく俗悪だが、それというのも問題の要点がいくつか読者にまったく伏せられており、君の手中に握られているというのだからね。
ところで目下、僕もその読者と同じ立場にある。これまで人の頭を悩ませたなかでも最大級の怪事件、その糸が数本、手のうちにはあるのだが、僕の仮説に必要なものがひとつふたつ足りない。
だが、つかんでみせる、ワトソン、つかんでみせる!」
その目は輝き、こけた頬にもかすかな赤みが差す。ふと、その鋭く烈しい性質が露わになったのだが、ほんの一瞬だけだった。
再び目をやると、人というより機械だと言う者の多い、あのアメリカ先住民のごとき静けさを顔にたたえているのだった。
「その問題には、惹かれるところがある。」と友人。
「類がないと言ってもいい。
その件については調査中で、思うに、もう解決も見えてきている。
その大詰めに君がついてきてくれるなら、僕も大いに助かるのだが。」
「こちらこそ願ってもない。」
「明日、オールダショットくんだりまで来られるか?」
「業務の方はきっとジャクソンがやってくれる。」
「結構、ウォータルー一一時一〇分発で向かいたい。」
「それなら余裕もある。」
「それから、もし君が眠くなければだが、これまでの経緯と残りの仕事についておおまかに話しておきたい。」
「君が来る前は眠たかったが、今は実に目が冴えているよ。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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