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The Case-Book of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの事件簿

The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
サセックスの吸血鬼
 ホームズがつぶさに読んでいた手紙は、先刻届いたものだった。
済むと、本人としては大笑いに等しいあのいつもの乾いた含み笑いをし、その紙を私に投げてよこす。
「現代と中世、現実と妄想の混ぜものとしては、思うにこれは極めつけだ。」と友人。
「これをどう見るね、ワトソン?」
 私が読んだ文面は次の通り。
オールド・ジューリ四六
一一月一九日
   吸血鬼の件
拝啓
 当社依頼人ロバート・ファーガソン氏(ミンシン横町の紅茶卸ファーガソン&ミュアヘッド経営者)より同日付の書簡にて当社へ吸血鬼に関して照会がございました。
当社の専門は機械類査定に限られ、本件は取扱業務外となるため、貴殿をご訪問の上、ご依頼することを薦めた次第。
当社はマティルダ・ブリッグス案件でのご活躍を記憶するものにて。
敬具
モリソン=モリソン&ドッド 
EJC拝
「マティルダ・ブリッグスとは妙齢の女の名ではないよ、ワトソン。」ホームズの声はなつかしむよう。
「船だ、スマトラの巨大ネズミの関わりでね、この話はまだ世間に出すには早いが。
とはいえ僕らが吸血鬼の何を知ると。
僕らなら取扱業務内とでも? 
何であれ仕事がないよりましだが、まったく、グリム童話とでも向き合わされているようだ。
手を伸ばしたまえ、ワトソン、Vの項目の確認だ。」
 私は反り返って、ご注文たるいつもの大備忘録を手に取る。
ホームズは片膝に上手く載せ、ゆっくりと愛おしむように目を過去の事件簿の上に滑らせた。積もり積もった生涯の見聞とも結びつくものだ。
「V……グローリア・スコット号の航海か。」と読み上げる友人。
「あれはひどい事件だった。
君も書き留めたね、懐かしい。ワトソン、出来たものは、僕としても褒められたものではないが。
ヴィクタ・リンチ、偽造犯。毒トカゲ、別名ヒーラ。注目に値する案件、だ! 
ヴィットーリア、サーカスの美女。ヴァンダビルト強盗団。毒蛇。ヴァイゴル、ハマースミスの怪異。
ほお! ほおお! 昔なじみの備忘録。君以上の働きだ。さて傾聴せよ、ワトソン。
ハンガリーの吸血鬼信仰。さらなるは、トランシルヴァニアの吸血鬼。」
熱心に紙をめくるも、しばらく読み耽ったのち、その厚い冊子を当てが外れたとうなりつつ放り下ろす。
「ゴミだ、ワトソン、ゴミだ! 
僕らにどう対処しろと! 心臓に杭を打たねば墓に鎮められぬ歩く死体なんぞ! 愚かしいにもほどがある。」
「しかしだね。」と私。「吸血鬼も死人とは限らんよ。
生きた人間にも癖になる者がある。
本にもな、たとえば若者の血を吸っておのれの若さを保とうとするご老体などが。」
「その通りだ、ワトソン。
先ほどの資料にも伝説への言及はある。
とはいえ、そのようなもの真面目に取り上げたものか。
当事務所は現在足をしかと地につけて立っており、今後もそうあらねばならぬ。
世の中とは僕らでも手に余る。妖かし様お断り。
残念ながらロバート・ファーガソン氏とはまともに取り合えそうもない。
当人からと思われるこちらの手紙が、彼の頭痛の種に少しく光を当ててくれるやも。」
 友人は二通目の手紙を取り上げる。一通目に取り組むあいだ見向きもされず卓上に置かれていたものだ。
これに目を通し始めるや、友人の顔に楽しげな笑みが浮かび、次第に強い興味と本意気を示す表情へと移り変わる。
読んだあとは座ったまま、指から手紙をぶら下げ思案に耽った。
やがてはっとしたように物思いから目覚め、
「ランベリのチーズマン屋敷。ランベリの場所は、ワトソン?」
「サセックス州、ホーシャムの南だ。」
「そう遠くない、ね? それからチーズマン屋敷とは。」
「私の知識によれば、ホームズ、その土地は古い館の多いところで、名は何世紀も前にそれらを建てた人々にちなんでいる。
つまりオドリ屋敷なりハーヴィ屋敷なりキャリトン屋敷なり――まあ名前以外忘れられたかつての住人たちというわけだ。」
「当たり前だ。」とホームズの素気ない返事。
いつものことだ、性格は高慢ちきで自分本位、脳内へ新情報を書き入れるのは迅速にして正確だが、仕入れ先にはたいていお礼の言葉もない。
「何にせよランベリのチーズマン屋敷のことなど、片付く頃には嫌でもわかろう。
差出人は期待通りロバート・ファーガソン。
時に、当人は君と知り合いだとか。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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