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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The The Reigate Puzzle ライゲートの大地主 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
ライゲートの大地主 The Reigate Puzzle 三上於菟吉訳大久保ゆう改訳
 わが親友シャーロック・ホームズくんは八九年の春、過労のため神経症になったのだが、これはそこから健康を取り戻すより少し前の話である。
蘭領スマトラ会社やモーペルチュイ男爵の大計画といった件のあらましは、今も世間の記憶にたいへん新しく、また政治や金融とあまりに密接な関係があるため、この連載の題材には適していない。
ところがそれは間接的な形で複雑怪奇な問題へとつながり、犯罪との生涯の戦いで用いる多くの武器のうちでも、ある新しいものの価値を証明する機会をわが友に与えたのだった。
 自分の覚え書きをたぐると、四月の一四日だったことがわかる。その日に私はリヨンから電報を受け取り、ホームズがオテル・デュロンというところで病に伏せっていると知らされた。
一日もせず私は友人の病室へと行ったのだが、その症状に危ないところがないとわかってほっとしたのだった。
にしても、その鉄の身体でさえもが二ヶ月にわたる捜査の重圧で参っており、その期間は一日の活動が十五時間を下ることが決してなく、当人の話では一度ならず五日間も立て続けに机にしがみついていたことまであったという。
その成果がいかに誇らしくとも、それだけ過酷な努力のあとでは反動も避けられまい。欧州じゅうが友人の名に沸き、部屋じゅうが祝電で文字通り足が埋まってしまったときも、見ると友人は黒々とした憂鬱の餌食になっている。
その知識にしたところで、三国の警察のしぐじったことも解決し、欧州一の腕を持つ詐欺師のあらゆる裏を掻いたと言えども、当人の神経衰弱を盛り返すには足りなかったのだ。
 三日後にふたりしてベイカー街へ戻ったのだが、友人に転地療養させた方がなおよいのは明らかで、一週間でも春の田舎をとの考えが、私にもきわめて魅力的に思えてきた。
私の旧友であるヘイタ大佐は、アフガニスタンで私の治療を受けた男なのだが、当時はサリィ州のライギット近くに館をあがなっており、訪ねてこないかとよく誘いを送ってくれた。
最近の話では、友人もついてくるなら喜んで等しく歓迎すると言ってくれていた。
いささかの説得が必要だったが、ホームズも向こうが独身であることと最大限の自由が許されることを理解して、ようやく私の企てに同意し、リヨンから帰って一週間後に我々は大佐の館に宿ることとなった。
ヘイタは立派な老兵で、世の事々を知っていたので、期待通り自分とホームズに通じるところが多々あるとすぐに悟ったようだった。
 着いた日の晩、我々は夕食後に大佐の銃器室で腰を落ち着けていた。ホームズはソファに身を投げ出し、ヘイタと私とは火器に着いた小さな徽章をながめていた。
「時に。」と出し抜けに大佐は切り出した。「この辺の拳銃を一丁、上の自室へ持ってった方が良さそうだ、危険を感じたときのためにな。」
「危険!」と私。
「そうとも。近頃ここいらの者はみなおびえておってな。
アクトンのご老公はこの州の大物なんだが、先の月曜に家へ押し入られてな。
被害はそれほどでもなかったのだが、一味はいまだに捕まらずじまいだ。」
「手がかりは何も?」とホームズが大佐に目を注ぐ。
「今もって何も。
だがこんなものささいな事件、田舎の小さな犯罪といったもので、小さすぎてあなたの関心を引くまでもないもので、ホームズさん、例の国際的な大事件のあとではね。」
 ホームズはこのお世辞に手を振ったが、その微笑みから喜んでいることが見て取れる。
「でも何か面白みはあるでしょう?」
「いやおそらく何も。
泥棒どもは書斎を引っかき回したが、成果はほとんどなし。
部屋中ひっくり返され、引き出しを開けられ、戸棚はかき回され、結果としてはポープ訳ホメロスの一方、めっきの燭台を二台、象牙の文鎮ひとつ、楢の小型気圧計に糸撚玉ひとつしか消えておらんかった。」
「なんと変わった取り合わせだ。」と私は声を張り上げる。
「ほう、どうも者ども、手当たり次第にひっつかんだようだ。」
 ホームズはソファからつぶやくように言った。
「州警察は何か講ずるべきだ。まあ、はっきりしているのは――」
 だが私は注意の指を差し向ける。
「休みに来てるんだ。いいかい、頼むから新しい問題に取りかかったりしないでくれ。君の神経はずたずたなんだから。」
 ホームズは肩をすくめ、おどけた視線を投げて、大佐にあきらめたことを伝え、話はもっと危険の少ない方面へと流れていった。
 ところが結局、私の医者としての注意など無駄に終わる羽目となった。というのも翌朝、その問題の方から我々に突っかかってきて、見て見ぬふりも出来なくなり、この田舎滞在はふたりの予期せぬ展開を見せたのだった。
我々が朝食を摂っているときのこと、大佐の執事が礼儀も何もかなぐり捨てて駆け込んできた。
「もうご存じですか、旦那さま。」と息を切らし、「カニンガムさまのお宅が。」
「押し込みか!」と大佐がコーヒーカップを持ち上げたまま叫ぶ。
「人殺しです!」
 大佐は口笛を吹く。「なんと! 
で、誰がやられた? 判事か、息子か?」
「いいえ、御者のウィリアムです。
心臓を撃ち抜かれて、事切れて。」
「で、誰が撃った?」
「その夜盗がです。
鉄砲玉みたく逃げて後には何も。
食料庫の窓を破って入ったところをウィリアムが出くわして、命と引き替えに主人の財産を守ったわけです。」
「いつ頃だ?」
「ゆうべです。一二時あたりでしょうか。」
「そうか。ではあとで伺わんとな。」と大佐は言って、静かに食卓に着く。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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