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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出
The Crooked Man 背中の曲がった男 2
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「要点を落とさない程度に、事件をできるだけかいつまんで話そう。
オールダショットのロイヤル・マロウズ所属のバークリ大佐が殺されたと目されているのだが、これを僕が調べている。」
「地元以外ではさほど注意を引かなかったかもしれない。
ロイヤル・マロウズはご存じの通り、大英陸軍でも名の聞こえたアイルランド連隊のひとつだ。
クリミアでもインド大反乱でもめざましい働きをし、以来ことあるごとに名を挙げてきた。
それを月曜夜まで率いていたのがジェイムズ・バークリ、歴戦の勇者で、初めはただの一兵卒だったが、大反乱の折の活躍で将校階級に昇進、かつては自らマスケットを担いだ連隊を率いていくことになった。
バークリ大佐が結婚したのは軍曹の時で、その妻は結婚前の名をナンシィ・ディヴォイといい、同連隊の元軍旗軍曹の娘になる。
だからと言おうか案の定、人付き合いがあまりうまく行かない。若いふたりが(とはいえ当時の話だが)新しい環境に入るとなるとそうなる。
だがまもなく順応したようで、バークリ夫人はずっと連隊のご婦人方の人気者だ。同僚士官内の旦那と同様に。
言っておくと、その女はたいへんな美人で、結婚して三〇年以上なる今でも、依然としてその容貌は人目を引くものだ。
バークリ大佐の家庭生活は、一様に幸福だったそうだ。
マーフィ少佐、これら情報の提供者なのだが、彼はふたりのあいだに諍いなど何もなかったと断言している。
彼の考えでは、だいたいのところ、旦那から妻への愛情の方が、その逆よりも深かったという。
かたや妻は貞淑ではあったが、とりたてて情熱的というわけでない。
それでもふたりは連隊内で、中年夫婦の理想像と目されていた。
その後の悲劇を思わせるようなことは、ふたりのあいだに皆無だったのだ。
バークリ大佐本人には、その性格に変わった一面があったらしい。
普段は威勢のいい快活な老兵なのだが、うちに秘めたる激烈な凶暴性や執念深さを見せるようなこともあった。
ただ性格のその一面が妻に向けられることはけしてなかったようだ。
さらに次の事実は、マーフィ少佐のほか話をした五人中三人の士官の心に残っていたのだが、時折、妙にふさぎ込むことがあったという。
少佐の表現では、食卓で笑い話に興じているとき、何か見えざる手によってか、時々その口から笑みが消されてしまうのだとか。
そういう気分のとき、大佐は何日も続けて心底滅入ってしまうのだという。
このほか、迷信を信じているふしがあるというのが、同僚士官の見た限りでの彼の性格の変なところだ。
この後者の点だが、とりわけ日の暮れた後、ひとりにされるのを嫌がるという形で現れる。
極めて雄々しい性格のうちに、こんななよなよとした一面があるため、しばしば噂が立ったり憶測を呼んだりしたとか。
このロイヤル・マロウズの第一大隊(旧一一七部隊になるが)、これは長年オールダショットに駐留している。
士官は結婚すると兵舎を出るから、大佐は北部キャンプから半マイルほどのところの『ラシーン』という名の邸宅を、この頃はずっと借りていた。
家は庭に囲まれていたが、その西側は大通りから三〇ヤードと離れていない。
ここに主人夫婦を加えたものだけがラシーンの住民というわけだ。バークリ夫妻には子どもがなく、泊まりの客もたいていなかったからだ。
さてここからが、このラシーンで月曜日の晩、九時から一〇時のあいだに起こった事件となる。
バークリ夫人はローマ・カトリック教会の一員なのだそうで、聖ジョージ組合の設立に深く関わっていた。これは古着を貧民に支給するのを狙いとして、ワット街教会堂の協力で作られた組織なのだが、
その日の晩の八時にその組合の会合が行われるので、バークリ夫人は出席しようと夕飯を急いで済ませた。
家を出るとき、いつも通り旦那に声をかけ、あまり長居せずに帰ると言ったのを御者が聞いている。
それから隣に住む若い女のモリソン嬢を誘って、ふたりして会合に出かけていった。
会合は四〇分で終わり、九時一五分過ぎにバークリ夫人は帰宅、ついでにモリソン嬢は戸口で下ろしてもらっている。
ラシーンには日中の居間として使っている部屋がひとつあった。
ここは道路に向かっており、大きなガラスの折りたたみ扉を開け放すと、芝生に出られる。
芝地は三〇ヤードあり、大通りとの境は鉄柵付の低い塀があるきりだった。
バークリ夫人が帰宅の際に入ってきたのがこの部屋になる。
日よけは下ろしておらず、これはその部屋を夜は滅多に使わないからなのだが、ところがバークリ夫人は自らランプを付け呼び鈴を鳴らし、住込女中のジェイン・ステュワートに紅茶を一杯持ってくるよう言いつけた。これは普段の習慣に相反することだった。
大佐はそのとき食堂にいたが、妻が帰ってきたと聞いて、居間にいる妻へ会いに行った。
大佐が廊下を抜けて部屋へ入るのを、御者が見ている。
言いつけられた紅茶は、一〇分もしてから運ばれてきた。しかし女中が戸に近づくと、驚いたことに主人夫婦のひどく言い争う声が聞こえてきた。
戸を叩いても反応がなく、とにかく把手を回してみたが、どうもなかから鍵がかけてあるようだった。
当然のこと、彼女はもうひとりの女中(料理番)を呼びに下へ駆け降りて、やがて女性ふたりと御者とがその廊下を上がってくるのだが、耳を澄ますとまだ烈しく言い合う声。
このとき聞こえたのはバークリ夫妻ふたりきりの声だったはず、と三人は揃って証言している。
バークリの言葉はぞんざいでくぐもっていたので三人には何ひとつ聞き取れなかった。
一方で夫人の声はたいへん痛切で、張り上がったときにははっきりと聞こえたそうだ。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo