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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男 5

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「想像もつかんよ。」
「ああ、つかんだろうとも。
両のかくしに詰め込まれていたのは、一ペニィの青銅貨と半ペニィの銅貨――それぞれ四二一枚と七二〇枚。
潮に流されなかったのもうなずける。
だが人体の方は別だったというわけだ。
波止場と建物のあいだの水路は、流れが急であったから、
重くなった外套だけが残って、人間の方は脱げて川へ引き込まれた、そんな考えもじゅうぶん成り立つ。」
「しかし、話では他の衣類はみな部屋の方で見つかったとか。
では死体は外套だけを着せられていたというのか?」
「うむ、違うか。もっともらしく思えたのだが。
では仮に、このブーンという男がネヴィル・シンクレアを窓から投げたとして、その行為を目撃した人間はいない。
では次の行動は何だ。
もちろん、すぐさま頭によぎるのは、証拠となる衣類の処理だ。
そこで外套をつかんで外へ放り投げるとする。だがそれだと沈まずに流れてしまうと考える。
時間がない。階下から争う物音がする。御前様が押し切ろうとしている、あるいは共犯のインド人からすぐにでも通りにいた警察がやってくると聞いていたのかもしれぬ。
ぐずぐずしている暇はない。
秘密の隠し場所へ駆け寄り、そこに物乞いでの収入が積み立ててあったので、その貨幣を手につかめるだけつかんで、外套がしっかり沈むよう、かくしに詰め込んだ。
投げ込む。他のものについても同じ事をするつもりだったのだろう。だが下から駆け上がってくる音が聞こえてしまう。窓を閉めるだけ閉める。ちょうどそのとき、警察が現る。」
「それならありそうだ。」
「うむ。他に良さそうな考えもないので、こいつを作業仮説としよう。
ブーンはさきほども言ったように、身柄を拘束され署に連行されたが、今までの行状に悪いところがあったわけではない。
長年、乞食を生業にしてきたことは周知の事実だが、これまでの生活は平穏で、罪を犯したこともない。
以上が事件の現状だが、明らかにすべき問題は――ネヴィル・シンクレアは阿片窟で何をしていたのか。その場所で彼の身に何があったのか。今どこにいるのか。ヒュー・ブーンは男の失踪にどう関与しているのか――いずれもなかなかはっきりしそうにない。
正直、今までにない種類の事件だ。初見では単純そうに見えたが、これほど難しくなるとは。」
 シャーロック・ホームズがこの一連の奇妙な出来事を仔細に語っているあいだ、馬車は大都市の郊外のただなかを走っていたが、やがて点在していた家屋も見えなくなり、両側にはただ田舎らしい垣根だけとなり、その間は轍の音だけが響いていた。
だが話の終わる頃には、また村に入っていて、両側の家々からわずかな明かりが見える。
「今、リーの郊外にいる。」と我が友人。
「この短時間の移動のあいだで、みっつの州をかすめていったわけだ。ミドルセックスに始まり、サリィの端を抜けて、ケントで終わる。
木々のあいだから明かりが見えるだろう? 
あそこがシーダーズ荘だ。そしてその明かりのかたわらで、ご婦人が腰をかけている。心配で耳を立てているから、きっと馬車の蹄も聞こえているだろう。」
「しかし今回はどうしてベイカー街の外で事件を扱っているんだ?」と私は訊いた。
「理由は、ここで調べねばならぬことがいくつもあるからだ。
シンクレア夫人は気前よく二部屋を自由に使わせてくれているし、僕の友人かつ協力者とくれば絶対に歓迎してくれるから、安心していい。
会うのは気が引けるね、ワトソン、夫に関して新たな情報がない。
到着。ドードー、ここだ、ドードー。」
 庭つきの大きな屋敷の前に馬車を止めた。
馬番の少年が馬の口を取りに出てくる。私は飛び降りて、ホームズのあとにつづいて曲がりくねった砂利の小道を進み、建物へと向かう。
たどり着くより前に扉が勢いよく開き、金髪の小柄な女性が戸口に立った。服の生地は絹モスリンで、首と袖口に綿毛のレース、
光の洪水を浴びて、立ち姿がぼうっと浮かび上がり、片手を扉にかけて、もう一方の手は待ちかねたとばかりに、つと前に出している。その姿態はわずかに傾けられ、期待する目に半開きの口。まさに問いかける立像とでも言えようか。
「あの。」と女性は声を出す。「あの。」
とそのあと、ふたりの人影が見えたので、歓声を上げたが、我が友人が首を振って肩をすくめると、ため息に変わる。
「良い知らせは何も?」
「何も。」
「悪い知らせは?」
「ありません。」
「良かった。さあ、なかへ。お疲れでしょう。もう遅いですから。」
「こちらは友人で医師のワトソン。
事件のいくつかでは大活躍を。幸い、今回も出てきて、この捜査に協力してくれることになりました。」
「お会いできて光栄です。」と依頼人は手をあたたかく差し伸べる。
「色々と行き届かぬこともありましょうが、どうかお許しを。突然うちじゅうに嵐が吹き荒れたもので。」
「奥さま。」と私。「私には昔、従軍経験があります。そうでなくとも、ご事情はわかっておりますから、どうぞ恐縮なさらず、
あなたにも我が友人にも、何かのお役に立てるなら、それだけで幸いです。」
 我々が明るく照らされた食堂に入ると、卓上には夜食が並べられていた。「あの、シャーロック・ホームズさま。」と依頼人は言葉をかける。「伺いたいことがございまして、ひとつふたつなんですが、簡単にお答えいただいてもよろしいでしょうか。」
「何なりと。」
「わたくしのことはお気兼ねなく。
騒いだりしませんし、気もしっかりしております。
先生の、率直なご意見を伺いたいだけなのです。」
「して、その内容は?」
「先生、本心では、ネヴィルは生きているとお考えですか。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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