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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Case Of Identity 花婿失踪事件 7

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
ホームズは両足を炉棚の隅に乗せて、両手を懐に入れて反り返り、他に対して言うというよりむしろ独り言でもしているような調子で話し始める。
「その男は自分よりかなり年上の女と金目当てで結婚した。娘と一緒に住んでいる限り、娘の金が使い放題。
彼らの地位の人間からすれば相当の額だ。それを失えば深刻な変化が生じよう。
その保全に一苦労してみる価値はある。
娘の性格はお人好しもいいところだが、なかなか情と思いやりのある人物だ。だから性格がいい、ささやかな実入りもあるとくれば、独り身もそう長く続くはずもない。
さて彼女の結婚は、むろん年百の損失を意味する。そこで義父はその阻止のために何をする? 
やることははっきりしている。女を家から出さず、同年代の人間との交際を禁じればよい。
しかしすぐに気づく、いつまでもうまくはいかない。
女はたてつくようになり、自分の権利を主張し、そしてついにある舞踏会へぜひとも行きたいと言い出す。
狡猾な義父はそこでどう出たか? 
思いついた案は、心でなく頭から出たものだった。
妻に見て見ぬふりをさせ、助けを得て、男は変装する。鋭い目には色眼鏡をかぶせ、顔は濃い口髭頬髯で覆い、その通る声もわからぬようささやき声に。しかも乙女は近眼だから二重に安全。男はホズマ・エインジェルとして現れ、自分を愛させることで他の恋人候補を追い払う。」
「初めはほんの冗談だったんです。」と客は声を絞り出す。
「心を奪おうなどとは夢にも。」
「白々しい。
どうであれ、その若い女性は迷いのないほど心奪われ、しかも義父はフランスとすっかり思い込んでいるから、自分が騙されているといった疑いを微塵も差し挟まない。
女はその紳士の心づくしの振る舞いに舞い上がってしまい、その効果は母の声高な賞賛の言葉でいや増す。
それからエインジェル氏は通い始め、逢瀬を重ねる。行けるところまで推し進めた方がいいことが明らかだったからだ、真の効果を生み出したいのなら。
婚約、ここまで来ればとうとう安心。乙女の愛情は他の誰へ向くこともない。
しかしいつまでも騙し続けるわけにもいかない。
フランスへ行った振りをするのも若干厄介だ。
やるべきことは明白、劇的な形でこの件の幕を下ろすこと、そうすればこのことは、若い女性の心に永遠に刻みつけられ、当分のあいだは他に求婚者が現れても見向きもしないだろう。
だからこそ聖書で操の誓いを立てさせ、だからこそまた式の当日の朝に何かが起こるやもとほのめかす。
ジェイムズ・ウィンディバンクの欲することは、サザランド嬢がホズマ・エインジェルに縛られること、そしてその生死が不明であるだけに、ともかくこの先一〇年は他の男に耳を貸さなくなること。
教会の入り口まで女を運び、それから自分は先へ進まぬよう都合良く消え去る。四輪の一方の戸から入りそのまま反対から出る。古くさいごまかしだ。
これが事の次第でしょう、ウィンディバンクさん!」
 ホームズが話しているあいだに、客はいくばくかの度胸が戻ってきたのか、ここで椅子から立ち上がり、その青い顔に冷笑を浮かべながら、
「そうかもしれないし、そうでないかもしれないでしょう、ホームズさん。」と言い放つ。「しかしそれほど頭が切れるのなら、ご存じのはずだ、今法を破ろうとしているのはご自分であって私じゃあない。
私のしたことは初めから訴えられる要素がないけれど、あなたがその扉を閉めている限り、常にあなたは暴行の脅迫と不法拘束で訴えられるおそれがある。」
「君の言う通り、法は君を扱えない。」とホームズは鍵を外して扉を開け放つ。「しかしここにいる男ほど、罪に値するものはない。
もしその若い女性に兄弟親友があれば、貴様を鞭で肩から打ち払ったに違いない、
間違いなく!」と話ながら男の顔を見ると、痛烈にあざ笑っていたので血が上ったのか、「依頼者との仕事には含まれてはいないが、ここに手頃な狩猟鞭がある、ちょっとこれを試してみても――」
と友人がたちまち二歩鞭へ近寄ったが、つかみ取る前に階段からどたばたという足音が聞こえ、玄関の扉の大きな音がして、窓から見るとジェイムズ・ウィンディバンク氏は全速力で道を走り抜けていた。
「冷血な悪党が!」とホームズは言い捨て、笑いながら自分の椅子に再び身体を預ける。
「あのような奴は、罪に罪を重ねて最後には極悪なことをしでかし、果ては絞首台だ。
今回の事件、少なくともいくつかの点ではそれなりに興味深かった。」
「まだ私は、君の推理の筋道がみなわかったわけではないのだが。」と私は白状する。
「ふむ、無論初めから明らかだったのは、そのホズマ・エインジェル氏に、おかしな振る舞いをするほど深い動機があったに違いないということだ。同様にはっきりしているのは、この出来事で実際に得をするのが、我々の知りうる限り、義父しかいないということだ。
それからこの二人の男がけして一緒にはおらず、ひとりが姿を現しているときはいつももう一方がいないという事実が、曰くありげである。
それに加えて色眼鏡と妙な声が、どちらも変装を思わせる。濃い髯も同様だ。
僕の疑問は、その署名がタイプ打ちされていることでいよいよ濃くなる。無論それが示すのは、当人の筆跡が女にとって身近なため、少しでも見せると気づかれてしまうから。
君もこの個々の事実がわかれば、細かい点も含めてどの点も同じ方向にあることがわかるだろう。」
「して、その証明はいかに?」
「例の男に目星を付けたら証拠はわけない。
この男の働いていた会社はわかっている。
印刷された人相書をもって、
変装部分をすべて取り除く――髯、眼鏡、声、そして会社に送る。お宅の外商でこの人相書に一致する者がいるかご確認を。
すでにタイプライターの癖には気づいていたから、職場の住所宛でこの男本人に手紙を送って、ここに来られるかと訊ねた。
期待通り返事はタイプ打ちで、細かいが特徴的な痛みが一致するとわかった。
同じ郵便でフェンチャーチ街のウェストハウス&マーバンクから手紙が届き、その知らせの内容は、人相書があらゆる点でうちの社員のジェイムズ・ウィンディバンクと一致。以上!」
「で、サザランド嬢は?」
「僕が言ったところで彼女は信じまい。
覚えているか、古いペルシアのことわざを。『虎児を捕らうるもの危険あり、女性《にょしょう》より幻影を奪うものまた危険なり』と。
ハーフィズもホラティウスと同じ感性を持っている、世の知恵もまたしかりだ!」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Asatori Kato, Yu Okubo
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