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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男 10

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
単に素人として試みに物乞いをして、自分の身体で取材して、それを元に記事を書いたんです。
役者だった頃、もちろん扮装術は学びましたし、その腕前も楽屋では評判でしたからね。
その技能を利用したんです。
顔を塗って、できるだけ惨めらしくなるよう、大きな傷も付け、そして唇の片側を小さな肌色の絆創膏を使って、ねじれた状態で固定しました。
それから赤毛の鬘にそれなりの服装をして、中心区の実業街にある定位置につき、マッチ売りの振りをしながら、本当は乞食をやるわけです。
七時間広げて、午後に家に帰るのですが、見てみるとなんと、二六シリング四ペンスももらえていました。
 僕は記事を書いて、そのことも失念していたのですが、しばらくして友人の保証人になって、二五ポンドの支払い礼状が送られてきてしまいました。
どこでお金をこさえればいいか途方に暮れていましたが、突然思いついたんです。
債権者に二週間の猶予をもらい、雇い主にも休みをもらって、変装して中心区に物乞いに時間を費やしてみたところ、
ほんの一〇日でお金は集まり、借金も返せました。
 もうおわかりでしょうが、週二ポンドのためにあくせく働く日々には戻れなくなって、もう、顔を塗って汚くして、地面に帽子を置いて座っているだけで、かなりの額が稼げるということに気づいてしまったのです。
尊厳と金銭のあいだで葛藤がありましたが、ついにお金が勝ち、記者を投げ出して来る日も来る日も、最初に選んだ隅に座って、哀れな顔で同情心をくすぐって、懐を金でいっぱいにしました。
そんな僕の秘密を知るものがたったひとりいます。
その男というのがあの下卑た阿片窟のあるじで、僕はスウォンダム横町のあそこを間借りして、そこで毎朝みすぼらしい乞食に身をやつして、夜には身なりのいい街の男へと変身するのです。
あの男、インド人にはじゅうぶん金を払って部屋を借りているので、僕の秘密はその館のなかから外へ漏れないというわけです。
 そうして、みるみるうちにかなりの額が貯まっていきました。
ロンドンの街ではどんな乞食でも年収七〇〇ポンドというわけには参りませんが――僕の平均収入はそれを越えて――ですが、それは扮装の力という特別の利や、当意即妙の腕前もありましたし、それもやっているいうちに上達して、そのおかげで中心区でも顔が知られるようになりました。
毎日がお金の洪水で、銀貨もありましたし、よほど稼ぎの悪い日でも二ポンドを切る程度です。
 お金持ちになるにつれて欲も大きくなり、郊外に一軒家を買って、果てには結婚までして。僕の本職を疑う人はいませんでした。
愛しい妻も、僕が中心区で仕事をしているのは知っています。
ただ何かは知りません。
 今週の月曜、一日を終え、阿片窟の上で着替えをしていて、ふと窓の外を見ると、恐ろしいことに、なんと、僕の妻が通りにいて、こちらに目を注いでいるじゃありませんか。
僕は驚きの声を上げて、さっと腕で顔を隠して、そして腹心たるインド人のところへ行き、会いにきても通さないでくれと頼みました。
階下から妻の声が聞こえましたが、すぐには上がってこれないはずなので、
素早く服を脱いで、乞食のものを身につけ、顔料と鬘をつけました。
たとえ妻の目でもこの完璧な変装は見破れないでしょう。
ですがそのとき頭によぎったのは、部屋を捜されることもあるから、そうすると衣類がやばいと。
窓を開け放しましたが、乱暴にやったので、小さな傷口がまた開いて、その日の朝に寝室で切ってしまったんです。
それから自分の外套をつかみました。小銭で重くなっていて、ちょうど革の鞄から移したばかりで、いつも売上を鞄で運んでいるんです。
とにかく私は窓から力いっぱい放り投げて、テムズ川へ沈めました。
他の衣類も続けて投げたかったのですが、その瞬間、階段からお巡りさんたちが踏み込んできて、数分後には気づけば、正直、むしろほっとしたのですが、ネヴィル・シンクレア氏とばれる代わりに、殺人犯として逮捕されていたのです。
 僕から話せるのは、これだけです。
それからはできるだけ変装したままでいようと心に決めて、だから汚い顔のままがいいとごねたんです。
妻はひどく心配するでしょうから、指環を外して、お巡りさんの見てない隙に、インド人にこっそり託して、心配は要らないと妻宛に急いで書き殴った手紙も一緒に渡しました。」
「その言伝は、昨日ようやく届いた。」
「そんな! じゃあ妻は一週間も!」
「警官がインド人をずっと見張っていた。」とブラッドストリート警部は言う。「だから、やつがその手紙を気づかれぬよう投函するのはかなり難しかったはずだ。
客の船乗りにでも渡して、おおかたそいつがころっと何日も忘れとったんだろう。」
「そんなところだ。」とホームズもうなずく。「間違いない。
だが君も今まで物乞いで罪に問われたことくらいあるだろう。」
「何度も。ですが罰金なんて大したことでは。」
「だがこれきりにすることだな。」とブラッドストリート。
「警察にこのことを黙っててほしいのなら、今後一切、ヒュー・ブーンが存在することはまかりならん。」
「ひとりの人間として、誠心誠意を持って誓います。」
「この件においては、これ以上捜査を進めることはないと思う。
だがもしまた見つけたら、そのときはすべてをぶちまけるぞ。
さすがはホームズさんです。事件解決にご協力いただき、わたくしどもも大いに感謝しております。
できれば、結論に辿りつくまでの、やり方を教えてほしいですな。」
「やり方か。」と我が友人は言う。「五個の枕にもたれて、一オンスの刻み煙草をやればよろしい。
さてと、ワトソン、今からベイカー街へ馬車で行こう。計算によれば到着はちょうど朝食の頃合いだ。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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