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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Resident Patient 入院患者 8

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「三人の男たちは、爪さきで階段を昇って来たんですね、――年をとった奴が最初で、それから若い男、それからその分からないもう一人の男が一番あとから……」
「確かにそうだね、ホームズ君」 と、私は不意に、思わず口をはさんだ。
「それは、たしかに足跡が重なり合っているのを見れば、疑う余地はないんです。
――私は昨夜のうちにつけられた足跡を調べてみました。
――で、彼等はブレシントン氏の部屋の入口までのぼって来たんです。しかし入口の戸は鍵がかかっていた。
そこで彼等はどうしたかと云えば、針金の力を応用して、うまうまと鍵を廻してしまったのです。
――と云うのは、ごらんなさい。拡大鏡がなくても、この通り鍵の穴に引っ掻いたらしい跡があるのが分かるでしょう。これは針金を入れて廻そうとした時についた引っ掻きキズに相違ないんです。
 奴等は部屋の中に這入って来ると、いきなりブレシントン氏に猿轡をはめちまったんですね、
ブレシントン氏はたぶんその時眠っていたか、でなければ目をさましていたにしても、恐ろしさで縮み上って、声を立てることも出来なかったものに違いないんです。
それにこの通りこの部屋の壁は厚いでしょう。ですから彼が一声や二声叫んだって、到底外まで聞えはしなかったんです。
 ところで、ブレシントン氏をしばり上げちまってから、奴等は何をしたかと云えば、私の想像では、ブレシントン氏をどう云う方法で殺ろそうと云う相談をしたんだろうと思うんです。
こう云う風な事件の時、大概はそう云った順序をとるものらしいですね。
――しかもその相談はかなり長く続いたと見えてこの通りたくさん葉巻の吸殻が捨ててあります。
たぶん、年とった男はそこの椅子に腰かけていたんです。パイプで葉巻を吸ったのはそいつでしょう。
それから若い男はそっち側にいて、抽出しの縁で煙草の灰を落していたんです。
そして三番目の奴は、その辺をいったり来たりしていたんでしょう。
ブレシントン氏は、たぶんベットの上にすわらされていたんだろうと私は思うんですが、しかしどれも確かじアありません。
 やがて彼等の相談は、ブレシントンを吊るして首をくくらせようという事にきまったのです。
――そこで奴等は、何かの用にしようと思って持って来た滑車を絞首台をつくるのに応用したんですね。
その螺旋廻しと螺旋とで、それをしっかりそこにくくりつけたんです。
それからブレシントンをそこにぶらさげたんですね。
こう云う風にして、すっかり細工をし上げてから、彼等は悠々と入口から出ていったのですが、そのあとはちゃんと彼等の共謀者が家の中にいて、閂をかけておいたものだと、私は思うんです」
 私たちは非常に深い興味を以って、その前の晩の出来事の話をきいた。ホームズはそれらの話を、彼が説明してくれている時でさえ、私たちは気のつかないような小さな、捕えどころのないようなことから推論して話してくれるのであった。
探偵はやがて、いそいで、例の案内係りのボーイをさがしに出かけていったので、ホームズと私とは朝飯をたべにブルックストリートに帰って来た。
「僕は三時までには帰って来る」 ホームズは朝飯をすましてしまうとそう云った。
「探偵と医者とが、たぶん三時には僕たちをたずねて来るだろう。僕はそれまでに、まだ少し残っている小さな不明瞭な個所をすっかり調べ上げてしまいたいんだ」 そして彼は出かけていった。
 やがて彼が云った三時になると、私たちの訪問客はちゃんとやって来た。しかし私の友達が帰って来たのは、四時二十五分前のことだった。
――私は彼が這入って来た時、彼の表情を見て、これはすっかりうまくいったんだな、とそう思った。
「何か変ったことがありましたかな、探偵」
「例のボーイを捕えましたよ」
「そりア素適な手柄です。――私はまた例の奴等の正体をひっつかんで来ました」
「何者だか分かったんですか」 私たちはみんな一時に叫んだ。
「少くも奴等が何者であるかと云うことだけは内偵して来ました。
――私の睨んだ所によると、このいわゆるブレシントンと云う男も、それからブレシントンを殺ろした男も、共に探偵本部ではよく知られている男だったんです。
――奴等の名前は、ビッドルとヘイワード、それからモーファット、とこの三人です」
「ああ、それじゃ、あのウォーシントン銀行事件の発頭人じゃありませんか」 探偵は叫んだ。
「その通りなんです」 ホームズは云った。
「そうするとブレシントンはシュウトンに違いありませんね」
「そうなんですよ」 ホームズは答えた。
「またどうしてあなたは、まるで鏡に写し出すようにハッキリそれがお分かりになったんです?」 探偵は云った。
 しかしトレベリアンと私とは、何が何だか分からないのでお互いに目を見合っているばかりだった。
「諸君は、例のウォーシントン銀行事件と云うのを知っているだろう」 とホームズは云った。
「あの事件の中には五人の人物がいる。すなわち今いった四人と、それから五人目の男はカートライトと云ったんだ。
トビンと云うその銀行の留守番を殺ろして、七千磅を奪って逃たんだが、
それは一八七五年のことだったんです。
ほどなく五人のものはみんな捕まったんですが、相憎なことに証拠がすこぶる不充分だった。
ところがこのブレシントンすなわちシュウトンなる男が、この男がまあ一番悪がしこかったわけなんでしょうが、たちまち寝返って密告しちまったんです。
そこでブレシントンの密告のおかげでカートライトはとうとう主謀者と云うので死刑にされ、他の四人のものはそれぞれ十五年間ずつの刑を着せられたわけです。
――が、やがてそれらのものも、各々特赦などに会って、十五年たたないうちにまた社会へ出て来ることになったわけです。そこで彼等は、自分たちを売って刑を着せたり、また仲間の一人を死刑にしてしまったりした男に、復讐をしようと計画したわけなんです。
――彼等は二度計画して、二度とも失敗したんです。そして三度目にようやく成功したわけなのです。
――と、まあ以上のようなわけなんですけれど、まだどこかお分かりにならない所がありますから、トレベリアン博士」
「いえ、実によく分かりました」 と医者は答えた。
「そう云えば思い出します。彼等が助かってまた社会へ出て来たと云う記事が新聞へ出た日、彼はひどく神経をいためていました」
「そうでしょう。
――ですから彼が起こした強盗騒ぎなんか、みんな嘘なんですよ」
「けれど、どうして彼はそれを打ちあけなかったんでしょう?」
「それはなんですよ、自分の昔の仲間がどんなに復讐心が強いかと云うことをよく知っていたんで、出来るだけ長く、誰からも自分の正体をかくしておきたかったんでしょう。
――それに彼のその秘密は実際破廉恥なものですからね、それを漏らす元気はなかったんですよ。
――しかしこうして彼が殺ろされてみると、彼は英国の法律によって保護されて生きていた人間なんですから、よし一度はその保護の盾を破られて殺されたとは云え、英国の正義の剣は、彼のために正当な仇を報じてやらなくてはなりますまい、ねえ探偵」
 以上の話が、ブルック・ストリートの医者とその家の入院患者とに関係した事件のあらましである。
――その夜から三人の殺人犯は、官憲によって探索されたが、なかなかつかまらなかった。が、やがて、彼等がノラ・クリーナ号と云うボロボロの船の乗客の間にまじって、スコットランドの波止場に上陸した時、とうとう捕えられてしまった。その船はつい二三年前、オポルトウの北方数哩のポルトガルの沖合いで沈んでしまった。
――それから例の案内係のボーイは、証拠不充分と云うので放免された。すなわちこれがいわゆる『ブルック・ストリートの秘密』として有名な事件のあらましなのであって、今日までまだ公に発表されたことのないものである。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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