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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第七章 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 グレグソン氏はこの話の間、何とか我慢して聞いていたが、もはや抑えきれなくなっていた。
「よろしいですか、シャーロック・ホームズ先生。あなたが切れ者で独自のやり口をお持ちだとは誰しも認めるところですが、
吾輩どもが欲しいのは、やり口なり今の説法なりの先なんです。
男を捕まえなきゃならんのですぞ。
吾輩は事件を明らかにしたつもりでしたが、違ったようです。
シャルパンティエイ青年はふたつめの事件には関われませんからな。
レストレードが追っていたスタンガスンにしても違うのは明らかです。色々と思わせぶりなことを小出しにされるからには、吾輩どもよりはよくご存じなのでしょう。もういいでしょう、吾輩どもには、単刀直入に訊く権利があります。この件、どこまでおわかりで? 
犯人の名前も言えるんでしょう?」
「あたしもグレグソンに同意せざるをえませんよ、先生。」とレストレードも口を添える。
「我々二人骨折って、どちらも失敗。
ここに来てからというもの、もう証拠は揃っているというようなことを再三おっしゃる。
これ以上、だんまりってことはないでしょう?」
 私も言う。「殺人犯を捕まえるのが遅れたら、新たなる凶行の機会を与えることになる。」
 かくも我々に迫られて、ホームズは悩んでいるようだった。
うなだれながら、眉をひそめ、部屋の中を行ったり来たり。考えに耽っているときの癖だった。
 やがて急に足を止め、我々をまっすぐに見据える。「これ以上の殺人はない。そのことはもう恐れずともよいのだ。
犯人の名を知っているかと訊いたね。知っている。
ただ知るだけなら小さなことだ、犯人に手をかける労力に比べれば。
まもなくできるだろう。
手を回しておいたので、何とかできると思っている。ただ慎重に事を運ばねば。相手となるのは、知恵があり、何をしでかすかわからぬやつ。仲間もいる。彼と同等の頭を持っていることは、一件よりわかっている。
だが向こうがまだ足はついていないと思っている限り、逮捕の見込みもある。わずかでも悟られれば、犯人は名を変え、今すぐにでもこの大都会、四〇〇万の人々の中に消えるだろう。
別に君たちの気分を害するつもりはないが、言っておかねばなるまい。この犯人は警察より一枚上手だ。だからこそ君たちに協力を仰がなかった。
失敗した場合の責めはすべて私が受けよう。覚悟している。
今はただ約束するしかないのだが、告げても段取りが危うくならないとなれば、すぐ君たちにも。」
 グレグソンとレストレードはこの約束にご不満の様子だった。あるいは警察の力を見くびられたからかもしれない。
前者は亜麻色の髪の生え際あたりまで顔を紅潮させ、後者は珠のような目を不愉快だ、腹が立つ、と言わんがごとくぎらつかせていた。
と、二人がしゃべろうとした瞬間、扉の叩く音がして、浮浪児の代表、ウィギンズ少年がみすぼらしい姿を見せた。
「どうも、先生。」と自分の前髪に軽く手をやって敬礼をし、「表に馬車をつれてきました。」
「ご苦労。」とホームズは穏やな口ぶりだ。
「どうしてスコットランド・ヤードもこういった型を採用せぬ。」と、引き出しの中から鋼の手錠を取り出す。
「この見事なバネ仕掛け。
あっというまにかかる。」
 レストレードは、「古いので十分ですよ。かける相手を見つけさえしたら。」
「その通り、その通りだ。」とホームズは微笑む。
「御者に荷物を手伝ってもらった方がいいな。ウィギンズ、ひとつ彼に上がってくるよう言ってくれたまえ。」
 あたかも今から旅に出るような口ぶりなので、私は驚いた。そんなこと初耳だ。
部屋に小型の旅行鞄があり、友人はそれを引き出して、革紐で締めつけ始めた。
一心に力をこめていると、御者が部屋に入ってくる。
「御者くん、ひとつくくるのを手伝ってくれないか。」と友人はひざまずいたまま作業を続け、振り返りもしない。
 男は幾分むっつりと、ふてぶてしく近づいてきて、手伝おうと手を下ろした。
刹那、鋭い音がして、続く金属のこすれる耳障りな音。そしてシャーロック・ホームズがその場から再び立ち上がる。
「諸君。」とホームズは目を輝かせ声を張った。「ご紹介しよう。ジェファースン・ホープくん、イーノック・ドレッバーとジョーゼフ・スタンガスンを殺害した犯人だ。」
 すべて、あっという間の出来事だった――ほんの一瞬だったため、私には理解する暇もなかった。
そのときの記憶は鮮明に残っている。ホームズの勝ち誇った表情、声の響き、御者の驚き、かんかんになった顔、いからせた目と、その先の光る手錠、手品のごとく御者の腕にはまっていて。
一、二秒の間、誰もが一群の彫像のように立ちつくしていた。
怒っているのか、言葉にならないうなり声がして、手錠の男はホームズの手から逃れようと身体をひねり、窓に向かって思い切り体当たりをした。
桟やガラスが飛び散り、大きく穴が空く。だが出ようとする男をグレグソン、レストレード、ホームズが猟犬スタッグハウンドよろしく飛びかかった。
男は部屋に引きずり戻され、格闘になった。
男は力強く凶暴で、我々四人は何度も何度も振り回された。
突然発作を起こした患者のように、手に負えなかった。
男の手や顔は窓ガラスを破ったために血まみれになっていたが、失血で力が弱まる気配はない。
レストレードがうまく手を首巻きの中に入れ、首を軽く締めてようやく、抵抗しても無駄だということが男にもわかったようだった。とはいえ手と同様に足をくくるまでは安心できない。
終えると、我々は息も切れ切れに立ち上がった。
 シャーロック・ホームズは言葉を放つ。「彼の馬車がある。それでスコットランド・ヤードまでつれていこう。
さて諸君。」とここで嬉しそうに微笑み、「我々のささやかな謎も終わりを迎えた。
どのような質問でもお好きに。もう危険は去ったゆえ、何でも答えよう。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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