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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ最後の挨拶

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His Last Bow シャーロック・ホームズ最後の挨拶

The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足 6

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「そちらの二輪馬車に我々も乗れますか?」
「はい、お乗せできますとも」
「じゃあワトスン、朝食は延期しよう。
ミスター・ラウンドヘイ、どこに座ればよいのか指示してください。
急いで、急いで、現場が荒らされる前に」
その下宿人は、牧師館の角の部屋をふたつ借用していた。その2部屋は別の階にあり、
下は広い居間として、上は寝室として使われており、
両部屋とも窓からクロケーの芝生を見下ろすことができた。
医者や警察よりも先についたので、部屋は何も乱されていなかった。
あの霧がかった3月の朝我々が見たままに、その場面を描写させて欲しい。
私の心の中には、決して拭い去ることができない印象が残っている。
部屋の空気は恐怖と憂鬱に満ちていた。
事件後最初に部屋に入った使用人が窓を開け放っていなければ、その空気はもっと耐えがたいものになっていたと思われる。
原因は、テーブルの上にあるランプが炎と煙を上げていたせいかもしれない。
そのそばに犠牲者は座っていた。椅子にもたれこみ、薄い顎鬚を突き出し、眼鏡を額に押し上げ、傾いた浅黒い顔は窓の方を向いて、死んだ妹と同じように恐怖に歪んで損ねられていた。
手足は引きつっており、指はねじれていた。まさしく恐怖の発作のために死んだのだろう。
きちんとした服装をしていたが、急いで身繕いをしたような形跡があった。
ベッドに横になった形跡があること、悲劇的な結末が今朝早くに訪れたことを、我々はすでに教えられていた。
この死の部屋に入ったときからホームズに訪れた急激な変化を見た者は、その冷淡な外見の下に隠された赤熱するエネルギーに気がついただろう。
その瞬間、ホームズは神経を研ぎ澄せて目を輝かせ、表情を引き締め、四肢を活気に震わせた。
ホームズはいったん芝生に出ると、窓から中に入り、部屋の中を歩き回って、寝室に上がった。まるで猛る猟犬が隠れ家へと続く獲物の臭いを嗅ぎまわっているようだった。
寝室では、すばやく辺りを見渡し、最後に窓を開け放った。ホームズはそこに何か新しい刺激のもとを見つけたらしく、興味と喜びに満ちた声を上げると、そこから身を乗り出した。
そして階段を駆け下りると、獲物の足跡を追うハンターの情熱をもって、開かれたままの窓から外に飛びだし、顔を芝生の上にこすりつけるようにしてから、もういちど部屋に飛びこんだ。
ランプはありふれた既製品だったが、ホームズは細心の注意を払って検査し、オイルの容量を確認していた。
虫眼鏡を使って排煙部を覆っている滑石製の外装を丹念に調べ、その表面にこびりついている灰のようなものを擦り落として、手帳の間から取り出した封筒の中に一部を納めた。
やがて、ちょうど医者と警察が姿をあらわしたところで、牧師に合図して3人で芝生の上に出た。
「調査は不毛でなかったと言えることを嬉しく思います」と、ホームズは述べた。
「警察とこの件について意見を交換するために残るわけにはいかないのですが、私は非常に感謝されてもさしつかえないでしょう。ミスター・ラウンドヘイ、もし、あなたが私にかわって刑事さんにあいさつし、彼の注意を寝室の窓と居間のランプに振り向けてくだされば。
どちらにも重要な手がかりですし、2つを合わせてみればほぼ結論に近いものが得られるでしょう。
もし警察がもっと詳しい話を聞きたいというのでしたら、どなたでも喜んで私のコテージにお迎えしますよ。
それじゃあ、ワトスン、別の場所でも調査しよう」
可能性としては、警察は素人の介入を不快に思ったのかもしれない。あるいは、前途有望な線をたどっていると思っていたのかもしれない。いずれにせよ確かなことは、我々がそれから2日間、警察からの連絡を受けなかったということだ。
その間ホームズは、コテージ内での喫煙と夢想に時間を費やすこともあったが、大部分をひとりきりでの散歩に費やし、数時間経って戻ってきたときも、どこに行っていたのか口にすることはなかった。
ただ、1つの実験が、ホームズが捜査している線を私に示してくれた。
ホームズは、悲劇の朝にモーティマー・トリジェニスの部屋で炎を上げていたランプの複製品を買ってきた。
牧師館で使われていたものと同じオイルを補充すると、丁寧に燃え尽きるまでの時間を計った。
次に行われた実験は、もっと不快な類のもので、私には忘れられそうもない。
「覚えているだろう、ワトスン」その日の午後、ホームズは言い出した。「我々が得たさまざまな報告において、ただひとつ、広く類似している点がある。
両事件に際して最初に部屋に入った人物の、部屋の空気に関する印象だよ。
モーティマー・トリジェニスの言葉を思い起こしてくれ、最後に兄弟の家を訪問したときのことを説明して、医者が部屋に入るなり椅子に倒れこんだと言っていただろう? 
忘れたのかい? まあいい、そう言っていたと僕が保証する。
さて、家政婦ミセス・ポーターもまた、部屋に入るなり卒倒して、それから窓を開けたと言っていた。
第二の事件では――忘れてしまったはずはないな、我々が到着したときに部屋の中に淀んでいたおぞましい空気を。使用人が窓を開けておいてくれたというのにね。
調べてみると、その使用人は具合を悪くして寝こんでしまっていた。
そうとも、ワトスン、これらの事実は重要な手がかりだ。
両事件ともに、毒性の空気がこもっていたという証拠だよ。
それに、室内でものが燃やされていたという点でも共通している。片方は暖炉、もう一方はランプ。
暖炉は必然性があった。だが、ランプに火がつけられたのはね、オイルの消費量を比較したから分かるんだけど、夜が明けてずいぶん経ってからのことなんだ。
なぜ? きっと、3つの点に何らかの繋がりがあるからだろう――つまり、燃焼、淀んだ空気、それから、不幸な兄弟を襲った死と狂気はどこかで繋がっているんだ。
それははっきりしている、そうだろう?」
「そのようだね」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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