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The Case-Book of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの事件簿

The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼 8

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ご証明を、ホームズ先生。そうすればいつまでも恩に着ますよ。」
「そうしたいのですが、そうすれば、あなたを別の角度から深く傷つけることに。」
「家内を潔白にして下さるのなら、そんなことどうでも。
これに比べれば地球上のあらゆるものも下らんです。」
「では言わせて頂きますが、この一連の推理はベイカー街で頭によぎったもの。
吸血鬼なる考えは僕には荒唐無稽。
イングランドでもそのような犯罪例は実際にない。
とはいえあなたの見たことは精密。
あなたの目に映ったこのご婦人は、乳児用の寝台のわきから身を起こしたとき、口が血まみれだったと。」
「はい。」
「そのとき思い浮かばなかったのですか? 血の流れるその傷跡、吸われたのは何か別の理由からで、血を飲むためではなかったのではと。
イングランド史にも女王がひとりいませんか、その種の傷から毒を吸い出した人物が。」
「毒!」
「南米のご家庭。目で見るより先に、壁に武器があるのではと直感を。
他の毒の可能性もあれ、思い当たったのはそれ。
伺うと空の小さな矢筒が鳥を撃つ弓のわきに、まさに我が意を得たり。
もし子どもがクラーレなり何か他の邪悪な薬なりに浸された矢の一本に刺されようものなら、意味するところは死。その毒が吸い出されない限りは。
 そしてあの犬! 人があのような毒を使うとなれば、まずその効力が切れてないか確かめるため、試してみませんか。
犬のことは予見できなかったといえ、少なくとも見ればわかります。解釈にも符号していました。
 もうおわかりですね。御前様はこういった攻撃を恐れていたのです。
その現場を目にして子どもの命は救えたものの、ただあなたに事の真相をなかなか言い出せない。というのも、あなたの連れ子への愛の深さは重々承知、そのことであなたの心を傷つけては思ったのです。」
「ジャッキー!」
「先刻あなたが赤子を抱えたとき、僕の目は彼にありました。
顔がくっきりと、鎧戸を後ろにした窓硝子に映ったのです。
見えたのは、すさまじい嫉妬、すさまじい憎悪、あのようなもの、僕とて人の顔にそう見たことがない。」
「おおジャッキー!」
「向き合わねばなりません、ファーガソンさん。
それがあなたへの歪んだ愛、狂おしいまでに肥大した愛であるだけに、いっそう苦しいものです。おそらくは亡き母への愛もその行動へ駆り立てた。
彼のその魂は、あの素敵な赤子への憎しみの虜。かたや健やかで美しいのに、自分ときたらひ弱で正反対。」
「おお主よ! 信じられん!」
「僕の話で合ってますか、マダム?」
 ご婦人はすすり泣いており、顔を枕に埋めていた。
さて旦那の方へ向き直り、
「どういえばよかったのか、ボブ。きっとあなたの痛手になるって。
こらえて、わたし以外の誰かから伝えてもらった方がいいって。
この魔法の力か何かをお持ちの紳士が、すべてご存じと知らせてくださったとき、ほっとして。」
「思うに、ジャッキー坊ちゃまへの処方としましては、一年間の海上生活が相応かと。」と椅子から腰を上げつつホームズは言う。
「ただひとついまだおぼろげなことが、マダム。
ジャッキー坊ちゃまに手を上げた件は今や明々白々。
母親としての我慢にも限度が。
しかしこの二日お子さんをよく手放せましたね。」
「メイソンさんには打ち明けて、ご存じで。」
「まさしく想像の通り。」
 ファーガソンは寝台のかたわらで立ち尽くし、息も荒く震えながらも手を伸ばす。
「そろそろお暇する時間かな、ワトソン。」とホームズのささやき声。
「君があの気の利かないドローレスの肘を取るというのなら、僕ももう片方を取ろう。
ほら、よし。」そして後ろ手に扉を閉めながらもう一言。「思うに、あとのことは本人らに任せたがよかろう。」
 私がこの件について付け加えることはあとひとつだけ。
それはホームズが、この物語の発端に対して、締めとして書いた返事だ。
中身はかくのごとし。
ベイカー街
一一月二一日
   吸血鬼の件
拝復
 一九日付のご来信について、当方、貴社依頼人ロバート・ファーガソン氏(ミンシン横町の紅茶卸ファーガソン&ミュアヘッド経営)の調査を請け負い、案件を無事解決したことを恐れながらここに申し上げます。
このたびのご推薦恐悦至極。
敬答
シャーロック・ホームズ
 
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