※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。
The Case-Book of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの事件簿
The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼 7
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
こわばる様はさながら古い大理石の彫刻のようで、父子に刹那視線を注いだが、すぐさま食い入るように部屋の反対側の何かを見つめる。
その先を追いかけると、どうも窓越しに雫落ちるわびしい庭を見ているとしか思えない。
なるほど鎧戸は外に半開きで、眺めも遮られているのに、にもかかわらずホームズが意識を集中させているその先は、紛れもなく窓なのである。
最後に、前で振られていた赤子の丸くなった手と握手をした。
乳母は君か、できれば内々に少々話をしたいのだが。」
友人は乳母をわきへ連れていき、数分立ち入った話をしたようだ。
聞き取れたのは最後の切れ端だけで、こうだった。「君の心配事はおそらく、まもなく解決される。」
乳母は無口で気難しい類の人物らしいが、赤子を連れて引き下がった。
「メイソンさんはいかなる人物で?」と訊ねるホームズ。
「ご覧の通り、愛想はいまいちですが、心は純粋、子どものためを思ってます。」
「君はあの人好きか、ジャック?」いきなりホームズは少年の方を向く。
そのころころ表情の変わる顔がさっと曇り、首が振られる。
「ジャッキーは好き嫌いが激しくて。」とファーガソンは少年に腕を回す。
「あっちへお行き、ジャッキー。」と言って、姿を消すまで温かい目で息子を見送る。
「さてホームズ先生。」と少年が去ると話の続きだ。「正直のところ、あなたに無駄足を踏ませてしまったかもしれません。同情以外何をしていただけましょう。
あなたの目から見てもさぞや扱いがたく、ややこしい案件でしょう。」
「確かに扱いがたい。」と友人は楽しげなほほえみを見せる。「ですが今のところ、ややこしいところに出くわしては。
これは一貫して、知性による演繹の対象。大量にある個々の事象からひとつひとつ、初めに行った演繹の裏付けがとれていく、そうしてこそ主観は客観となり、自信を持って目的地に着けたと言えましょう。
実際ベイカー街を発つ以前に僕は辿り着いていましたから、残るはただ観察と確認のみ。」
ファーガソンはその大きな手を、皺寄った額に当てる。
「頼みますからホームズ先生。」と声もかすれがすれ。「この件の真相がわかっているなら、私を宙ぶらりんのまま放っとかんでください。
もう無理です。何をすれば。筋道はどうでもいいんです、あなたが本当に答えを見つけさえしたんなら。」
「むろん僕にはあなたへ説明する義務があり、じきに致します。
しかし僕の流儀で案件を取り扱うことお許し願いたい。
「結構。彼女が立ち会って初めて事が片付く。さあ上の部屋へ。」
「私とは会いたくなかろう。」と声を張るファーガソン。
私は再び昇り、私から言伝を渡されたドローレスが慎重に扉を開ける。
一分して聞こえてきたのは、室内からの嗚咽で、そこには喜びと驚きが入り交じっていた。
呼びつけると、ファーガソンとホームズも上がってきた。
我々が入室し、ファーガソンは一、二歩妻へと歩み寄る。ご婦人は寝台の上で身体を起こしていたが、手を突き出して相手を押しとどめた。
依頼人は肘掛け椅子に座り込み、かたやホームズはご婦人に挨拶したあと、依頼人のわきに腰掛ける。ご婦人は驚きのあまり目を見開いていた。
「ドローレスに外してもらっても大丈夫かと。」とホームズ。
「ああ結構です、マダム。あなたがいてほしいと望むなら異存ありません。
さてファーガソンさん、僕も引く手あまたのせわしい身、やり口は単刀直入を旨としております。
御前様は実に善良で愛情深い女性で、現在不当な扱いを受けております。」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo