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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Gloria Scott グロリア・スコット号 6

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「俺は、ジャック・プレンダギャスト。」と聞こえてくる。「嘘じゃねえぜ! ようく覚えておきな、そのうち『様』をつけるようになる。」
 その男の事件については覚えがあった。というのも、私が逮捕される少し前、その事件は国内に大きな騒動を巻き起こしたからだ。
彼は良家の出で才能もあったが、根は直せないほどの悪わるで、巧妙な詐欺の手口で、指折りのロンドン商人たちから莫大な金を巻き上げたのだ。
「ハッハッ! 俺の事件を知ってるか!」と彼は自慢そうに言う。
「そりゃあもうずいぶん。」
「なら、その事件で何か妙なところがあったのは覚えてないか?」
「何でしたっけね。」
「俺は二五万ばかりぶんどったんだったな?」
「そんな話でしたね。」
「だが、一銭も返ってこなかった、え?」
「一銭も。」
「そうだ、その金はどこへ行ったと思う?」と彼は言った。
「さっぱりです。」と私は答えた。
「ちゃんと俺の親指と人差し指のあいだにある。」と声を張り上げる。
「嘘じゃねえぜ! 俺のものになった金は、お前の頭の髪の本数よりも多い。
それにな、人は金があって、おうよ、なおかつ使い方とばらまき方を知ってりゃあ何でもできる。
だから考えられねえよなあ、そんな何でもできる男が、ケツをすり減らしながら臭え船倉のなかでおとなしくしてるなんてさ。チャイナ中国の貿易船のネズミとゴキブリだらけの黴臭えおんぼろ箱のなかで終わるとかありえねえ。
そうだぜ、旦那、そういう人間は自分でケツ拭いて、自分の仲間の面倒も見るんよ。
あんたも一枚噛んでもいいぜ! そいつにすがるのさ、聖書にキスして誓やあ、そいつから引きずり出してくれるぜ。」
 これが彼の話しぶりだった。初めのうち私は、戯言だと思っていた。だがしばらくして、彼が私を試し、きわめて真面目に誓う段になると、この船を乗っ取ろうとする計画が本当にあるのだと知らされた。
一二人囚人たちが乗船前にひそかに企んでいて、プレンダギャストはその首領であり、そして彼の金がその原動力なのだった。
「相棒がひとりいる。」と彼は言う。「得難い男でさ、銃床が銃身に対するがごとく誠実なんだ。
そいつが銭を持ってて、あるんだ、で、今この瞬間、そいつはどこにいると思う? 
なに、その男というのは、この船の牧師さ――なんと牧師さまだよ! 奴は黒い僧服をまとって乗り込み、箱のなかにじゅうぶんな金を入れてて、それで竜骨から大檣までまるごと買収できる。
乗組員もみんな奴の手足さ。
大勢まとめて現金割引で買っちまったのよ。それも契約前にな。
あと看守ふたりと二等航海士のミリアもこっちのもんだし、奴はなる価値があると思えば船長になっただろうね。」
「で、我々は何をすればいい?」と私は訊いた。
「お前はどう思う?」と彼は言った。
「ここの兵隊の上着を、服屋がこしらえたより、もっと真っ赤に染めてやろう。」
「だが、武装してる。」と私は言った。
「こっちもする手はずなんだよ、坊や。
俺たちガキんちょめいめいに拳銃が二丁ずつある。で、後ろに乗組員もいんのに、この船をモノにできないんじゃ、こりゃみんなして寄宿の女学校へ寄越されるしかねえやな。
今夜、左側の奴にも話して、信用のできる奴かどうか見といてくれ。」
 言われた通りにすると、隣の男というのは、私と同じような境遇の若い男で、文書偽造罪に問われたらしい。
名をエヴァンズというのだが、のちになって私と同じく名を変え、今はイングランド南部で成功して資産家になっている。
むろん彼は喜んでその陰謀に加わった。自分自身を救う方法はそれしかないのだ。こうして海峡を越えないうちに、秘密に荷担しないものは船内でただふたりきりという状態になった。
そのうちのひとりは意志薄弱で、とうてい信用などできない奴で、もうひとりは黄疸にかかって役に立たなかったのだ。
かくして最初から、その船の乗っ取りに何一つ支障はなかった。
乗組員はその仕事のためにとりわけえり抜かれた悪党の集まりだった。
そして偽牧師は、部屋べやに説教しに来たが、手には黒い袋を持っていて、そのなかは教会の小冊子しか入ってないと思われているわけだ。頻繁に来るので、三日目には誰もが寝台の下にヤスリ一丁と拳銃二丁、火薬一ポンドに二〇発の弾丸とを隠し持つことができた。
看守ふたりはプレンダギャストの手先で、二等航海士は彼の右腕だった。
だから、船長と航海士二名、看守二名にマーティン中尉とその一八名の兵士、それと医者ひとりが対する敵のすべてだった。
それでもなお、まだ安全を期すため、ぬかりなく進め、そして夜中に不意打ちする算段だった。
けれども予定していたよりも早く、時は来た。それが以下の次第だ。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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