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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Resident Patient 入院患者 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ワトソン君、それは表面だけのことだよ。
もし君がこの間、君の注意深い所を見せてくれなかったら、僕はおそらく君の注意の動きなんかに目をつけやしなかったろう。
――それはそうと、夕方になったら、少し風が出て来たらしいね。
どうかね、ロンドン中をぶらつくのは?」
 私はその狭い部屋に疲れていたので、喜んでそれに同意した。
私たちは三時間ばかり、一しょに、フリート・ストリートや川の岸などを、さまざまな生活相を眺めながらぶらついて廻った。
ホームズの細かい鋭い観察力を持った、そしてまた推理の深い力を持った独特な話は、私を楽ませ少しも飽きさせなかった。
そうして私たちがベーカー街に帰って来たのは十時すぎだった。
――と、入口のそとに一台の一頭だての箱馬車がとまっていた。
「ふうん、――分かった」 と、ホームズは云った。「医者、――内科も外科もやる開業医の馬車らしいな。
――きっと何か相談にやって来たに違いないよ。いい所へ帰って来たね」
 私はホームズがそう推定したことについて、話し合った。そしてその馬車の内側に、ランプの光りの中にかけられてあった編細工のバスケットの中に這入っているいろいろな医者の器械を調らべてみた。それはホームズに、彼の敏速な推断を下す材料を与えたものだったのだが。
――私たちの部屋からもれる明かりは、この夜遅い訪問客が、私たちを待ちもうけていると云うことを物語っているように見えた。
 私はそんな時間に、私の仲間の医者を、ホームズの所へ寄越した事件と云うのはどんな事件なのだろうと、ある好奇心を以って、ホームズのあとから私たちの居間に這入っていった。
 私たちが這入って行くと、火の側の椅子から、顔色の蒼い細面の髭をはやした男が立ち上った。
年の頃は三十三四才より上ではなさそうだったが、彼のやつれた表情と不健康そうな顔色とは、彼の青年時代を奪い彼の力を絞りとったその生活を物語っていた。
彼の動作は敏感な紳士のように神経質的で内気だった。そうして彼が立ち上るまで暖炉にかざしていた彼の痩せた白い手は、外科医の手と云うよりはむしろ芸術家の手と云うほうがふさわしいくらいであった。
彼の服装は穏やかな厳かなもので、黒いフロックコートに暗い色の縞ズボン、それらに調和したネクタイをむすんでいた。
「よくいらっしゃいました。先生」 とホームズは、気軽に云った。
「あまりお待たせしなかったようで、幸いでした」
「別当におききになりましたか?」
「いや、サイド・テエブルの上の蝋燭を見れば分かります。
――まあ、どうぞ、おかけ下さい。――どんな事が起きましたかな」
「私は医者のペルシー・トレベリアンと申すものです」 と私たちの訪問客は云った。「ブルック街四百三番地に住んでおります」
「あなたは神経傷害について論文をお書きになった、あの方ではありませんか?」 私はきいてみた。
 彼の蒼白い頬は、自分のした仕事を私が知っていると云うことをきいて、嬉しさで紅く輝いた。
「その通りです。私自身、もう葬られてしまったと思っている自分の仕事について、そんなお言葉をきいたのは始めてです」 彼は云った。
「私の本の発行者は、その売行きが悪いと言って、すっかり私の勇気をくじいてしまいました。
――ですが、あなた御自身も、やはり医業をおやりなのですか?」
「私は退職外科軍医ですよ」
「そうですか。私はずっと精神病ばかりをやっております。
私はそれをうんと研究してみたいと思っているのですが、無論なんですよ、人間は最初に初めた事をやり通すべきなんですがね。
――しかし、こんなことをしゃべっている時じゃありませんね、シャーロック・ホームズさん。
――実はこうなんです。最近、私のブルック街の家に、実に奇妙な事件が持ち上ってるんです。で、今夜はとうとう、明日まで待つことが出来ずに、あなたのお力を拝借にやって来たわけなんです」
 シャーロック・ホームズは腰をおろして、パイプに火をつけた。
「本当によくいらしって下さいました」 彼は云った。
「どうか、あなたをなやましていると云うその事件を、こまかく詳しくお話しになって下さいませんか」
「その一つ二つは実際つまらない事なんです」 トレベリアン医師は云った。「実際それをお話するのはお恥ずかしいくらいなんです。
しかし事件は実に合点がいかないばかりか、最近、あなたがたにお話ししなければならなくなったほど、こみ入って来たのです。――どうか、私がお話する所から、肝要な箇所とそうでない箇所とを御判断なすって下さい。
 最初に、どうしても順序として、私の学生時代のことからお話しなければなりません。
御承知のように私はロンドン大学の卒業生なんです。実は、自分で自分のことをほめてお話しするのは変なものなんですが、私は学生時代、大学の教授達から前途を大いに嘱目されていたのでした。
だものですから、私は卒業してからも、キング・コレッジ病院に職を奉じながら、自分の研究に没頭することをつづけておりました。私は幸福にも、顛癇病の病理学を研究する事に、異常な興味と昂奮とを持っていたのです。そしてただいまあなたのお友達が私をおからかいになった例の神経傷害に関しての論文によって、ブルース・ピンカートン賞と賞盃とをかち得ることが出来ました。
――けれども私は、よしその時、そんなに素晴らしい前途が目の前に開らけていても、私はそれからさきにすすむべきではなかったのです。
 と云うのは、私の大望をとげるには、一つの大きな障害を乗り越えなければならないのでした。
こう申せばあなたにはもう既に了解していただけたことと思いますが、偉くなろうと云う、高い望みを持っている専門医は、カベンディッシ・スクエア区のうちの十二街のどれか一つに開業しなければなりませんでした。ところがそこに開業するには、素晴らしく高い家賃の家を借り、家の中もお金をかけて飾らなくてはならないのです。
おまけに、こうした予備的入費の上に、四五年は遊んで食うだけのお金の用意と、また見かけの立派な馬車と馬とをやとえるだけのお金を持っていなければならないのでした。
こうしたことをするのは、全く私の力以上のことで、でなくても、少くも十年間私が倹約して貯金してからでなくては、そんなことは出来そうもなかったのです。
――ところがどうです、その時突然、全く思いもかけなかった一つの出来事が、私に新しく私の前途の望みをひらいてくれたのです。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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