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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Stock-Broker's Clerk 株式仲買人 7

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「その通り。どうして? それに答えれば、このささやかな問題もいくらか進むというもの。
どうして? うなずける理由はただひとつしかない。
誰かがあなたの筆跡を練習して真似したかった、するとまずその手本を得る必要がある。
そこで第二の点に移るとすると、それぞれが互いを照らしているとわかる。
その点とは、ピナーの要求にある。あなたに内定を辞退させず、それでいてこの大企業の経営者に、まだ会ったことのないホール・パイクロフトなる男が月曜の朝、事務所に来るものとまったく思いこませたままにした。」
「なんてこった!」と叫ぶ依頼人。「僕の目はなんて節穴だ!」
「これで筆跡の点はわかりましたね。
空きに申し込んだあなたのものとまったく違う筆跡の誰かが、あなたの場所に収まったなら、もちろん企みはお終いになりましょう。
しかし時間を使ってその悪党が練習してあなたの真似ができるようになれば、その地位も安泰というもので、なにせ事務所の誰もあなたを直に見たことがないのですから。」
「誰ひとりとして。」とホール・パイクロフトが声を絞り出す。
「結構、もちろん最重要はあなたが先方をよく思わないようにすることで、なおかつあなたの替え玉がモウソンの事務所で働いているのを知らせるような人物に会わせないこと。
だからこそ給与に気前よく前金をつけて、中部へと追いやり、そこでそれなりの仕事を与えてロンドンへ行かせないようにした。あなたの存在が、そのささやかな企みをご破算にするおそれがありますから。
これですっかりおわかりでしょう。」
「けれどなんだってこの男は、兄弟にばけたりしなくちゃいけなかったんです?」
「うむ、それも実にはっきりしている。
ここにふたりしかいないのは明らかだ。
もうひとりは事務所であなたのふりをしている。
この男は雇い主の役だが、そのあとで第三者をこの筋へ入れなければ、あなたを雇用主に会わせられないと気づいた。
だがやりたくはない。
できるだけ外見を変えて、似ているところは、あなたがわからなかったように、家族だから似ているということにできると見込んだ。
金の詰め物が運良く見えなければ、おそらくあなたも疑いを抱かなかったでしょう。」
 ホール・パイクロフトは両の拳を宙に振り上げ、
「ああああ!」と叫び、「ぼくがこんなバカを見ているあいだに、もうひとりのホール・パイクロフトはモウソンで何をしていたんだ? 
どうしましょう、ホームズ先生? 教えてください。」
「モウソンへ電報を打つことです。」
「土曜は一二時で閉店で。」
「ご心配なく。門衛や宿直が――」
「ああそうでした。保有している有価証券が高価ですから警備員が常駐を。
そういう話を中心区で聞いた気が。」
「結構。その人物に打電すれば、問題ないかも、あなたと同じ名の仲買人がそこで働いているかもわかるでしょう。
今のことはもうはっきりしていますが、あまり判然としないのが、僕たちを見たとたん、悪党の片割れがすぐさま部屋を立ち去り、首を吊った理由です。」
「新聞だ!」うめき声が後ろから聞こえた。
その男は身体を起こし、顔がひどく青ざめているが、目は正気に戻っており、喉にまだ巻き付いている赤い幅広の帯を所在なくいじくっている。
「新聞! そうとも!」とホームズは途端に気が高ぶらせ声を張り上げる。
「なんて痴れ者だ僕は! ここへ来たことに気を取られて、にわかに新聞のことが頭に入ってなかった。
いかにも、秘密がここにあるはずだ。」
それが机の上に広げられると、勝利の叫びが唇から飛び出す。
「これを見たまえ、ワトソン。」と大声だ。
「ロンドンの新聞、イヴニング・スタンダードの早売りだ。
ここに求めるものがある。
見出しを見たまえ。
『中心区の犯罪。モウソン&ウィリアムズ社で殺人。大それた強盗未遂。犯人逮捕。』
ここだ、ワトソン。全員が等しく知りたがっているのだから、読み上げてくれるとありがたい。」
 紙面の位置からしてロンドンの一大事件というわけらしく、記事にはこうあった。
 本日午後、中心区で凶悪な強盗未遂が発生、結果一名が死亡するも犯人は逮捕された。
かねてより有名金融会社モウソン&ウィリアムズには総額一〇〇万ポンドをゆうに超える有価証券が保管されており、
先週からホール・パイクロフトと名乗る仲買人が新しく社に雇われていたが、
この人物が有名な偽造・強盗犯ベディントンなのは間違いないと思われ、その兄とともに五年間の懲役刑を勤め上げたばかりだった。
不明だが何らかの方法で、この事務所の仲買人の立場を偽名にて勝ち得て、これを利用して金庫の合い鍵の数々を入手、その金庫室と金庫の配置を完全に把握するに至った。
 モウソンでは仲買人が土曜に半日で上がるのを常としているため、
中心区警察のトゥーソン巡査部長は一時二〇分過ぎに旅行鞄を抱えて階段を下りる紳士を見て不審に思い、
怪しみつつ男を尾行して、ポロック巡査の助けを借り、必死の抵抗にあったが逮捕に成功する。
まもなく大胆な強盗が行われたことが判明、
一〇万ポンド相当の価値がある米国鉄道社債を初め、炭坑や諸会社の巨額証券が鞄のなかから見つかった。
建物内を調べたところ、警備員の惨殺体が折りたたまれた状態で最大の金庫に押し込まれているのが発見され、トゥーソン巡査部長の迅速な行動がなければ月曜まで見つからなかったものと思われる。
死体の頭蓋骨は火掻き棒による背後からの一撃で叩き割られていた。
ベディントンはなかに忘れ物をしたとの口実で進入し、警備員を殺害後速やかに大金庫を荒らし、そののち強奪品とともに逃亡したに相違ない。
常に行動をともにする兄の姿が現在わかっている限り本件に見えないが、警察はその所在について精力的に捜査中である。
「うむ、僕らはその方面でわずかな手間を省いてやれるというわけだ。」とホームズが目をやったのは、窓際にうずくまる憔悴しきった男。
「人の本性とは不思議に混ざり合ったものでね、ワトソン。
このように、人を殺す悪党でも死刑になると知られれば、その兄を自殺に向かわせるほどの愛情を生じさせることができる。
ともあれ、僕らの行為については選ぶべくもない。
博士と僕が見張りに残りますから、パイクロフトさん、あなたは警察を呼びに出ていただけるとありがたい。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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