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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Yellow Face 黄色い顔 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 私の友達はなんでもないような調子でそう云ったが、しかし私には、彼が彼の推理に私が同意したかどうかを見定めるために、じっと私を見詰めるのが分った。
「君は七シルリングのパイプで煙草を吸う男は裕福でなくちゃならないと思うのかね」 と、私は云った。
「このパイプで吸ってた煙草は一オンス八ペンスするグロスベノウ・ミクスチュアだ」 ホームズは答えた。
「よし半分の値段の煙草を吸ったとしても、贅沢だ」
「なるほど。それから……?」
「この男は煙草の火をランプやガスでつけてたようだね。
その片がわがすっかりコゲてるのが分るだろう。
マッチじゃこんな風にはならないよ。
マッチの火じゃパイプのへりは焼けないからね。
しかしランプではどうしたって穴をこがさずにはつけられないよ。
しかもこいつは右側がこげている。そこで僕はこの男が左利きだと推察したんだ。
――君のパイプをランプの所へ持ってってみたまえ。右の手でだよ、すると自然にパイプの左側が穴にあたるようになるから。
けれどその反対にすると、それと同じようにゃいかないから。
つまりこれを始終やってたんだね。
――それからこの男は琥珀の所を噛みつぶしている。
それは体格のいい勢力家がよくやるし、また歯の丈夫な人がよくやることだよ。
――オット、奴さんたしかに階段を登って来るらしいぞ、さあこうなるとパイプの詮議立てなんかしているより面白くなるて……」
と云っているとほどなく、私達の部屋の入口が開かれた。そして背の高い若い男が這入って来た。
彼は暗い灰色の品のよい上品な服を着て、褐色の中折帽を手に持っていた。
実際はそれより二三年は年をとっていたのだが、私は卅歳ぐらいと見当をつけた。
「ごめん下さい」 と彼は、まごつきながら云った。「ノックしなければなりませんでしたでしょうか? 
――いえ、そりア無論私はノックすべきでした。けれど実は私、少しあわてておりましたもので、どうぞ御勘弁下さい」
 彼は目まいした人がするように手で額の汗を拭いた。そして腰かけると云うよりはむしろ倒れるように椅子に腰をおろした。
「あなたは二晩ほどお休みになりませんね」とホームズは彼独特の気安い愛想のよい調子で云った。
「それが労働よりも歓楽よりも一番からだにこたえますよ。
――何か私で出来ることがあったらご遠慮なくおっしゃって下さい」
「あなたに相談にのっていただきたいんです。
私は途方に暮ているんです。私の生涯は滅茶滅茶になろうとしているんです」
「あなたは私を探偵顧問にお雇いになりたいんですか?」
「それだけじゃアありません。
世界的な人物のあなたに、――頭のすぐれているあなたに判断していただきたいんです。
これからどうすべきか云っていただきたいんです。
そうしていただければ私はあなたをおがみます」
 彼は昂奮して口ばたの筋肉をふるわせながら、まるで何かが爆発した時のように鋭い激しい調子でしゃべった。それで私は、彼にとってはしゃべることが非常に苦痛なんで、もう彼の理性では彼の感情を制御しきれなくなっているのだ、と云うことが分った。
「誰にしたって、自分の家庭内のいざこざを他人に話したくはありませんよ。それはデリケートな気持ちの問題です」と彼は云った。
「二人の男と関係した人妻の品行の善悪をきめるってえことは、恐ろしいことです。しかもその男と私はまだ会ったことがないんです。それなのにそうしなければならないってことは、恐ろしいことです。
私はもうどうしていいか分からなくなってしまいました。私は助けてもらいたいんです」
「ねえ、君。グラント・マンローさん……」 ホームズは始めた。
「エッ?」 私達の訪問客は椅子から飛び上った。そして、「私の名前をご存じなんですか?」と叫んだ。
「だって、あなたは御自分のお名前を匿くしていらっしゃりたいなら、帽子の内側へ名前を書くことをおやめにならなくちゃ、――でなければせめて、話してる相手の人間に、帽子の外側を見せるようにしていらっしゃらなければ駄目ですよ」 とホームズは笑いながら言った。
「全くの話、この部屋では、私達はずいぶんたくさんな秘密をききましたよ。でも幸いなことに、私達はずいぶん大勢の悩んでいる人々に平和をもたらしてあげました。
ですから、たぶん私は、あなたにもそうして上げることが出来ると信じます。
けれど、手遅れになるといけませんから、ぐずぐずしないで手取早く、正直にあなたの事件をすっかりお話しになってくれませんか」
 私達の訪問客はもう一度、辛い仕事にぶつかったぞと云わんばかりに、額へ手をやった。
私は彼のその動作と表情とから、彼は無口で自制力の強い男だと云うことが分かった。そして胸のうちにまだ一抹の自尊心があって、自分の負った傷をかくしたいと思っているらしいことが分った。
しかし彼は手を握りしめて苦しそうな身振りをしたが、やがて急に、束縛から解き放されたようにしゃべり出した。
「事実はこうなんです、ホームズさん」 彼は云った。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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