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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Yellow Face 黄色い顔 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「私は移転して三年になるんですが、
その間私たちは、大概の新婚夫婦がそうであるように、お互に深く愛し合って、幸福に暮しておりました。
私たちは何一つ違ったところはありませんでした。ただの一所も、――思想でも、言葉でも、動作でも。
――ところが、先週の月曜日以来と云うもの、私たちの間には急に隔たりが出来たんです。私は彼女の生活に何物かのあることに気がついたんです。そしてまた彼女の心に関しては、街で行き違う見ず知らずの女の心と同じように、何も私は知っていなかったんです。
――私たちは全く赤の他人になってしまいました。私はその原因が知りたいんです。
――そう、そう、その前にあなたにぜひ記憶しておいていただきたいことがあります、ホームズさん。
――エフィは私を愛しております。
この点については絶対に間違いはありません。彼女は彼女の全身を捧げて私を愛しております。しかも今ほど愛していたことはないでしょう。私はそれを知りました。私はそれを感じます。
――私はその点については議論をしたくありません。男と云うものは女が自分を愛してくれている時には、容易にそれを話すことが出来るものです。
――しかし私たちの間には秘密があるんです。私にはそれを拭わずにほうっておくことは出来ません」
「どうもまだはっきりしないんですが、マンローさん」と、ホームズは少しイライラして云った。
「エフィの前身について申上げましょう。
私が初めてエフィに会った時、彼女は未亡人だったんです。廿五になったばかりで、――まだ本当に若かったんですけれど。
その頃、彼女はヘブロン夫人と云っていました。
彼女は若い時、アメリカへいってアトランタの町に住んでいたのですが、そこで当時相当にやっていた弁護士のヘブロンと結婚したんです。
彼等は子供が一人ありました。しかし黄疸がはやって、子供も夫もそれで死んでしまいました。
私は彼女の夫の死亡証明書を見たことがあります。
――そんなわけで彼女はアメリカがすっかり嫌になって、バイナーにいる独り者の叔母の所へ帰って来たんです。
――彼女の夫は彼女に生活して行けるだけのものは残していってくれました。ですから彼女は年七分の利に廻る四千五百磅の株券を持っていました。
――私が彼女に会ったのは、彼女がバイナーに来てようやく六ヶ月たったばかりの頃でした。そうして私たちはお互に恋し合い、数週間後に結婚したんです。
――ところで私自身はホップの卸商です。私は年に七八百磅の収入がありますから、私たちは別に不自由はしておりません。それに私はノーブリーに年に八磅あがるちょっとした別荘を持っております。
――私たちの住んでいる所は都会に近い割にしては、実に田舎らしい所です。
家のすぐ近くに宿屋が一軒と人家が二軒と、それから広っ場の向う側に小屋が一つあるきりで、あとは停車場へ行くまで半道もの間家一軒ありません。
――私は商売で定った期間だけ町に行きます。しかし夏の間は行きません。――こんな風にして、私たちはこの田舎家で、思う存分幸福に暮していたんです。
全く、この呪うべき事件が始まるまで、私たちの間には何の影もさしたことはなかったのです。
――それに、ここでもう一つあなたに申上げておかなくてはならないことがあります。
それは私たちが結婚した時、彼女は彼女の財産を全部私名義にしてしまったことです。――私はむしろそれに反対したんです。と云うのは、もし私が商業上で失敗したら、困ったことになりますからね。
けれど彼女はきかないでそうしちまったんです。
――そうです。ちょうど六週間ばかり前のことでありました。彼女は私の所へやって来て
「ねえ、ジャック」 と申すのです。「いつか私の財産をあなたの名にした時、あなたはそうおっしゃったわね、もしお前がどれだけでも入要になったら、そう云えって……」
「そう云ったとも、あれは全部お前のものだもの」 と私は答えました。
「そう?――じア、私、百磅入要なの」 と彼女は申しました。
 私はその金額をきいてちょっと考えたんです。だって、たぶん着物か何かそんなものが買いたいんだろうと思ってたからです。
で、私は訊ねました。「何に使うの?」
「まあ。あなたは、俺はお前の銀行家だってそうおっしゃったじゃアないの。――銀行家って、何にお金を使うかなんて訊ねるものじゃないのよ、分かったでしょう」 と、彼女は冗談にまぎらせて答えました。
「本当に必要なら、無論あげるよ」 私は申しました。
「ええ、本当に入るのよ」
「それなら、何に使うのか云わなくちゃいけないね」
「いつかは申上げるわ、たぶん。でも今は云えないのよ、ジャック」
 こんなわけで私は納得させられてしまいました。これがつまり、私達の間に秘密が這いり込んで来たそもそもの初めなんです。
――私は彼女に小切手を書いてやりました。そしてそのままそんな事は忘れていました。
後になって何か事件さえ起きなければ、それでなんでもなかったのです。けれど私はそれを思い出させられるような事件にぶつかってしまったんです。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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