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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Yellow Face 黄色い顔 4

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 それは、――さきほど私は、私たちの家のじき近くに離れ家が一つあると申しましたね。
――その離れ家と私たちの家との間には、広っ場があるんです。けれどその離れ家に行くには、グルグルと路を廻って、狭い路をおりて行かなくてはならないんです。
ちょうどその狭い路の辺は、樅の小森になっているんです。私はよくその辺をブラブラしました。実際木の繁っている所っていいものですからね。
――ところで、その離れ家ですが、八ヶ月もの間|空家になっていたんです。空家にしておくには本当に惜しいんで、小綺麗な二階があって、古風な入口で、周囲にはスイカツラがからみついていました。
私は何回となくその前に立止っては、これでちょっと気のきいた農園住宅風なものを作れると考えました。
 すると先週の月曜日の夕方のことでしたが、私が例によってその辺をブラブラしておりますと、その狭い途を何も積んでいない幌附きの運搬車がやって来るのに出合いました。そしてその離れ家の入口の側にある芝生の上には、カーペットとかその他そんなものがおいてありました。
――たしかに誰かがその離れ家に引越して来たんです。
私はそれの前を通りすぎて立ち止りました。そしてよくブラブラしている人がやるように、その離れ家をボンヤリ眺めながら、私たちのすぐ近くへ来て住む人たちは、どんな種類の人なんだろうと想像してみました。
と、私は、ふと、その家の二階の窓から、私をじっと見詰めている人の顔のあるのに気がつきました。
 私はその顔を見た瞬間、どう云うわけか知りませんけれど、ゾッとしましたよ、ホームズさん。
――私はその家からかなり離れていたので、その顔をはっきり見定めることは出来ませんでしたけれど、何かこう気持ちの悪い惨忍そうな所がありました、
それが私の受けた印象でした。――私は、私を見詰めているその顔をもっと近くでよく見てやろうと思って、いそいで近寄っていったんです。
すると急にその顔は引込んじまいました。まるで不意に部屋の暗の中にもぎ取られたように、急に見えなくなってしまったんです。
けれど私はまだ五分間ばかりそこにじっと立っていました。そしてその顔から受けた印象についていろいろ考えてみました。
――私はそれが男だったか女だったか、どうしてもはっきりしないんです。
けれどもその色だけははっきり覚えています。
それは死人の顔のような、青ざめた黄色でした。そしてその中に何か人をゾッとさせるようなものを含んでいるのです。
私は不思議さのあまりとうとう、その離れ家の新しい住み手がどんな人間か見とどけてやろうと決心しました。
そこで私は近づいて行ってノックしますと、すぐ入口の戸は開けられて背の高い痩せこけた不愛憎ないやらしい顔をした女が現れました。
「何か御用ですか」 と、その女は、北方なまりまるだしできいた。
「私は原の向う側に、あなたとお隣同志にに住んでいるものでございますが」 と、私は自分の家のほうを指さしながらそう云った。
「ちょうどお越しになっていらしったのを見ましたもので、何かお手伝いでもするようなことがあったらと思いましたもので……」
「いえ、お願いしたい時はこちらから上がります」 そう云うと彼女は、ピシャッと私の目の前で戸を閉めてしまいました。
私はこの無作法な断りかたに腹が立ちましたが、そのまま家に帰って来ました。
――その夜は一晩中、何か他のことを考えようとしても、私の心はあの窓に現れた女の顔と、それから戸口に出て来たあの女の無作法さとにばかりかえって行くのでした。
が私はこんなことについては、妻には何も云うまいと決心しました。なぜなら私の妻はとても神経過敏な女ですから。そして私が幾らそうさせまいと思っても、彼女は私が受けたあの不快な気持と同じものを受けるのに違いないのですから。
――けれど私は寝る前に、例の離れ家がふさがったことを彼女に話したところ、彼女は返事もしないのです。
 私は不断からぐっすりと安眠する男で、よくうちで、私はかつがれたって目をさまさないだろうなんて、冗談を云ってるくらいです。
ところが、その晩に限ってどうしたわけか、――昼間の例の事件のために少々昂奮していたものかどうか知りませんが、不断のようにぐっすりと寝つかれなかったんです。
――うとうとしていると、何かが部屋の中に這入って来たらしいような気が、ぼんやりしました。そして続いて、私の妻が着物を着て、マントをひっかけ、帽子を冠っていることが、だんだんはっきり分って来ました。
私はこの時ならぬ時間に妻が外へ出て行くような恰好をしているので驚いて、――と云うより何か叱言を云おうとしたのですが、私の口からは何か寝言めいた言葉が出てしまいました。がその次の瞬間、目を細くあけて、蝋燭の光りで照らされている彼女の顔を見た時、私はハッとして咽喉がつまってしまいました。
私は彼女のそんな顔つきを未だかつて見たことはありませんでした。――それはどう見ても彼女だとは思えないような顔つきでした。
――まるで死人のような真蒼な顔色をして、呼吸をはずませて、私の目をさまさせはしないだろうかと、マントを着てしまうと、コッソリと私の寝台のはしをうかがうのでした。
がやがて、私がグッスリ寝込んでいるものと思いこんで、ソッと音のしないように部屋から滑り出していってしまいました。それからちょっとたってから、鋭い何かが軋むような音を耳にしました。それは玄関の戸の蝶番の音らしいものでした。
――私は寝台の上に起き上がって、自分が本当に目を覚ましているのかどうかを確かめるため、拳固で、寝台のフチをたたいてみました。
それから枕もとの時計を手にとりました。
暁方の三時でした。
――一体、私の妻は、こんな暁方の三時なんて云う時間にこんな田舎道に出かけていって何をしようと云うのでしょう?
 私は廿分間ばかり、あれやこれやと考えてみて、何か心に思い当ることを見つけようと思って、じっと坐っておりました。
そしてそれからまだしばらく、一生懸命考えてみましたが、しかし何も思い当ることはありませんでした。
――私は全く途方に暮れていました。と、ちょうどその時、ふと私は再び入口の戸が静かに閉められて、階段を上って来る彼女の足音を耳にしたんです。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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