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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Yellow Face 黄色い顔 9

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
――しかしほどなく、謎はとかれた。ホームズは笑いながら、その子供の耳の後に、彼の手をやって、その顔から面をはぎ取った。すると石炭のように真黒い顔をした、小さな黒ン坊の女の顔が現われた。それは、私達の驚いた顔を見て、面白そうに白い歯を光らせていた。
私はその女の愉快そうなのに、つられて笑ってしまった。けれども、グラント・マンローは彼の手で咽喉をつかんだままじっと見つめて立っていた。
「一体これはどうしたと云うんだ」 と、彼は叫んだ。
「その訳を申し上げましょう」 と、ツンとすまして、こわばった表情をして、エフィは部屋の中に忍び込んで来ながらさけんだ。
「しゃべるまいと思っていたのに、とうとう話させられる様なことに、なってしまいました。けれど今こそ、私達は最善の方法でそれを解決しなければなりません。
――私の夫はアトランタで死んだのです。そして私の子供は生きながらえました」
「お前の子供!」
 彼女は彼女の懐から小さな箱を引き出した。
「あなたはこの箱を開けて御らんになったことはありませんね」
「それは開かないものだと思っていたよ」
 彼女はバネを押して蓋を開けた。
するとその中から……すばらしく上品な美しい、そして聡明そうな男の肖像が出て来た。しかしその表情の中には、疑いもなくアフリカ人系統の容貌が現らわれていた。
「これがアトランタにいた、ジョン・ヘブロンです」 と彼女は云った。「この人より上品な人はありません。
私は彼と結婚するために、私の一族と義絶しました。でも彼が生きている間は、一瞬間でもそれを後悔したことはございませんでしたの、
――けれど、私達のこの子供だけが、私の子供としてよりも、むしろ彼の人種の後継として残ったと云うことは、私共の不幸でございました。
こう云うことは、こう云う結婚にはよくあることには違いありません。でも可愛いいルーシーは彼女の父親より、もっと色が黒いんですの。
だけど黒くっても可愛いい。――彼女は私の可愛いい可愛いい娘ですもの。そして彼女の母親のペットですもの」
 彼女がこう云い終った時、その小さな娘は飛んで来て彼女の着物にまつわりついた。
「私が彼女をアメリカへ残して来たのは……」 と彼女は言葉をついだ。「ただ、彼女の健康がすぐれなくて、彼女に万一のことがあってはならないと思ったからだけですもの。
で彼女は前に私共の女中だった信用の出来る、スコットランド人の婦人に、世話を頼んでおきました。
私はたとえ、一瞬間でも彼女を捨てよう等と夢想したこともありませんでしたわ。
けれどもたまたまあなたと云うものが私の前に現らわれて、私があなたを恋する様になった時、あなたに私の子供のことをお話しかねたのです。ジャック。
どうか私を勘弁して下さいね。私、あなたに捨てられるのが恐ろしかったの。そしてあなたにお話するだけの勇気が持てなかったの。
私はあなたと私の子供と、どちらかを選ばなければならなくなった時、私の弱さは私の可愛いい子供から私をそむかせて、あなたを選らばせてしまったんです。
――三年の間私は彼女のあると云う事を、あなたには秘密にしていましたけれど、彼女が無事に育っていると云う事は乳母から聞いて知っておりました。
けれどどうしても、一度だけ子供を見たくてたまらなくなりましたの。
私はそんなことをしてはならないと思いましたが、やっぱり駄目でした。
私は危険だと云うことを知ってはいましたけれど、たとえ二三週間の間だけでもいいから、子供を呼び寄せようと決心しました。
私は乳母に百磅送ってやりました。そしてこの離家のことを教えてやって、私と彼女と何の関係もない様な振りをして、ここにやって来させました。
そうして昼間のうちは子供を家の中に閉じ込めておいて彼女の小さな顔にも手にも覆いものをしておく様に云いつけたほど、用心深くさせました。それは、誰かが窓から彼女を見ても、隣りに黒ン坊の子供がいる等と云う噂を立てさせたくなかったからなんです。
もし私がもっと悧巧だったらそんなに用心深くはしなかったんでしょうが、私はあなたにこの事実を知られたくないと云う恐れで半分気がどうかしていたんですわ。
――あの離家に誰か来たと初めて私に話して下さったのはあなたでしたわね。
私朝まで待とうと思ったんですのよ。けれど昂奮してどうしても寝られなかったの。それで私、あなたの目を醒さない様にするにはどんなにむずかしいかと云う事はよく知っていましたけれど、とうとう抜け出したんですわ、
ところがあなたは私の行くのを見ていらした。そしてそれが私達の事件のはじまりでした。
――その翌日、私はあなたに私の秘密をきかれました。が、あなたはそれをしつこくおききになりませんでした。
けれどそれから三日目のことです。あなたが表口から飛び込んで来られた時、やっとのことで乳母と子供とを裏口から逃がしたのは。
――でも、今夜はとうとう何もかもあからさまになってしまいました。これから私たち――、私の子供と私とは、どんな風にでもなりますわ、それをおっしゃって下さい」
 彼女は両手をかたく握り合せて、彼女の夫の言葉を待った。
 二分間ばかり経った。そしてグラント・マンローは沈黙を破った。その彼が返事をした瞬間は、私が考え起すことのすきな時である。
――彼はその可愛い子供を抱き上げると、接吻した。そしてそれから、静かに子供を抱いたまま、他の片方の手を彼の妻のほうにさし出しながら、戸口のほうへ向き返った。
「私たちは、うちへいってもっともっと気持ちよく話し合おう」 と彼は云った。
「私はあまりいい人間じゃなかった、ねえエフィ。けれど私は、お前が信じていてくれたよりは、もう少しいい人間だと思っているよ………」
 ホームズと私とは彼等について、例の細い路を下っていった。私の友達はそこまで来ると、私の袖を引っぱった。
そして「ねえ君、もう僕たちはノーブリーにいるよりもロンドンに帰ったほうがよさそうだね」 と云った。
 こうしてその日は、夜更けて、蝋燭を灯しながら寝台に行くまで、ホームズはもう再びものを云わなかった。
「ワトソン君」 と、彼は寝室にいってからこう云った。「これからもし私が、余り自分の力に頼りすぎていると、君が気づいた時は、そしてまた、事件を余り考えないで扱おうとしているような様子が目についたら、どうか遠慮なく、私の耳へ「ノーブリー」とささやいてくれたまえ。そうすれば、僕は君に永久に恩をきるよ……」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo
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