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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter3-5

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ぼくは、初回訪問というのに長居してしまったことをやや恥ずかしく思いながら、ギャツビーと最後の挨拶を交わす客人たちの仲間に加わった。かれらは一塊になってギャツビーを取り囲んでいた。
ぼくは説明しようとした。庭でかれを見それたことを詫びようと思い、宵《よい》の口から探しまわっていたのだけど、機会がえられなかったと。
「その事はもう仰らないで下さい」としきりにぼくの気を楽にしようとした。
「気に為《な》さるには及びませんよ、尊公」
この親しい呼びかけにも、ぼくの肩をそっとなでる仕草にも、親しみはあまりこもっていなかった。
「それから水上機の件も御忘れ無く。明日朝九時ですよ」
 そのとき執事がかれの後ろから声をかけた。「フィラデルフィアからお電話が入っております」
「わかった、いま行く。そう伝えておいてくれ……それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」かれはほほえんだ――ぼくが最後まで残っていたのを喜んでいて、最初からずっと、ぼくがそうするのを望んでいたのではないか、と思わせるようなほほえみだった。
「おやすみなさいませ、尊公……おやすみなさい」 けれどもぼくは、ステップを降りる途中で、夜会はまだ完全には終わっていないのを目の当たりにした。
ドアから十五メートルほどのところにヘッドライトが一ダースばかり集まって、奇抜な、騒々しい情景を照らしあげていた。
右路肩の溝に、ギャツビー邸の私道から出て二分も経っていない真新しいクーペが、タイヤをひとつもぎとられてはまりこんでいる。
突き出た塀が、タイヤを失った原因を物語っていた。そのタイヤは、いまや、六人ほどの運転手の好奇心をおおいに煽っていた。
それはいいとしても、かれらが降り捨てた車が道を塞いでしまい、しばらくの間、後方からクラクションがはげしく鳴らされたりして、あたりを、なおいっそう混乱させている。
 事故車から長いダスターコートをまとった男が道路の真中に降り立ち、車からタイヤへ、タイヤから野次馬へと視線を動かした。愉快そうに、とまどいがちに。
「ごらん!」かれは説明した。「溝にはまってる!」
 男にはその事実がどこまでも意外だったらしい。ぼくはかれの驚きの特異さにまず気をひかれた。それから、その男がだれかに気づいた――ギャツビーの蔵書にご執心だった男だ。
「どうしたことです、これは?」
 かれは肩をすくめた。
「そう言われましても、私は機械のことなどまったく知りませんでね」
「いや、どういうわけでこんなことに? 塀にぶつけたんですか?」
「私に聞かないでくださいよ」と梟目は言った。知ったことか、という口ぶりだ。
「運転のことはあまり知らんのですから――ぜんぜんといってもいいくらいに。とにかく、こうなったということしか知りません」
「なんというか、運転がうまくないんでしたら夜の運転は控えられたほうが」
「いや、私はどうでもよかったんです」かれは憤然として答えた。「どうでも」
 その言葉に、見物人たちは一瞬口をつぐんだ。
「自殺する気ですか!」
「タイヤだけですんだのはラッキーですよ! 運転の下手なやつが、どうでもいい、だなんて!」
「あ、いや違うんです」と、男は釈明した。
「運転していたのは私じゃありません。車の中にもうひとりいるんです」
 この言葉を受けて納得したようなどよめきがまきおこると、それにあわせてクーペのドアがゆっくりと開かれた。
群集は――いまや群集と呼んで差し支えない人だかりだった――思わずあとずさりし、開ききったドアを不気味な沈黙で迎える。
それから、きわめてゆるやかに事故車から出てきた舞踏靴が、足場を確かめるように地面を叩き、それからよろめいている青ざめた人影が、体の一部分一部分を車外に運び出すみたいな感じで降りてきた。
 ヘッドライトの強烈な光に目を細め、絶え間ないクラクションに混乱し、その男はしばらくの間きょろきょろしていた。そして、ダスターコートの男に気づく。
「どうした?」かれは落ち着き払ってたずねた。
「ガス欠か?」
「あれだよ!」
 半ダースの指がもぎとられたタイヤをしめした――男はそれをしばらく見つめ、それから空を見上げた。まるで、それが空から降ってきたのではないかと疑うかのように。
「外れたんだよ」とだれかが説明した。
 男はうなずいた。
「最初、止まったのにさえ気づかなかった」
 間。それから深呼吸《しんこきゅう》し、肩をぴんと張ったかれは、力強くこう述べた。「だれか、ガソリンスタンドはどこか教えてもらえるかな?」
 すくなくとも一ダースの男たちが、中にはかれに劣らず非常識なものもいたけど、口をそろえて説明した。タイヤとボディはどうがんばっても二度ともとどおりにならないのだ、と。
「バックしよう」とかれは言い出した。「向きを変える」
「タイヤが外れてるんだって!」
 かれは一瞬ためらった。
「やってみて損はない」
 ぼくは最高潮《さいこうちょう》に達したクラクションの響きに背を向け、芝生を突っ切って自分の家へと急いだ。
一度だけふりかえってみた。
 
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