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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter3-4

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
「さて紳士淑女のみなさまがた」と、声を張り上げる。
「ミスター・ギャツビーのリクエストにお応えして、これより、ミスター・ウラジミール・トストフの最新作をお聞かせしたいと思います。この曲は、去る五月にカーネギー・ホールで演奏され、大好評を博しました。
新聞をお読みになっておられた方々はご存知と思いますが、一大センセーションを巻き起こしたのであります」
ここでかれはおどけて恐縮してみせ「たいしたセンセーションでありました!」と付け加えた。
それを聞いて人々はどっと笑った。
「曲は」いちだんと声を張り上げて締めにかかる。「ウラジミール・トストフ『ジャズの世界史』!」
 ミスター・トストフの曲の魅力はよくわからなかった。というのもぼくは、演奏が始まったとき、ギャツビーの姿に注意を奪われたからだ。独り、大理石のステップに立ち、満足そうな眼差しでグループからグループへと見渡している。
日に焼けた肌はたるみなく顔にはりつき、短い髪は毎日カットしているのでは思えるほどに整っている。
悪い印象はまったく受けなかった。
かれが酒を飲んでいないということも、客人たちから浮いてしまっている一因になっているのではないだろうか。騒ぎが軽薄さを増すにつれ、かれはどんどん謹直《きんちょく》になっていくように見えたから。
『ジャズの世界史』が終わったとき、娘たちは酔っ払ったふりをして男たちの方に頭をあずけたり、だれかが受けとめてくれるのを知った上で、男たちの腕の中に、ときにはグループの中に、背中から崩れこんだりしていた――けれど、ギャツビーに背中から崩れこもうとするものはなく、ギャツビーの肩にフレンチ・ショートカットの頭をあずけようとするものもなく、またギャツビーを仲間に加えようとする四部合唱団もなかった。
「失礼します」
 ギャツビーの執事がぼくらの後ろに立っていた。
「ミス・ベイカーでいらっしゃいますか? 
失礼しますが、ミスター・ギャツビーが個人的にお話しをしたいとのことです」
「わたしと?」ジョーダンはびっくりして大声を上げた。
「左様でございます」
 ジョーダンはゆっくりと立ちあがりながら、驚きのあまりぼくに眉を釣り上げて見せ、それから執事の後について家の中に入っていった。
ふと、ジョーダンのイブニング・ドレスが、どんなドレスだって彼女が着ればそうなるのだけど、スポーツウェアのように思えた――ジョーダンの動作には、からりと晴れた朝のゴルフコースを一番めに歩いているとでもいうような、颯爽《さっそう》とした雰囲気があった。
 ぼくはひとりきりになった。時刻はもうすぐ二時になろうとしていた。
テラスの真上に位置する、窓がずらりと並んだ細長い部屋から、でたらめな、興味をそそる物音が響いてきた。
それを聞いたぼくは、ちょうど二人のコーラス・ガールと産科学の話をしていたジョーダンの大学生から話に加わらないかと誘われたのを振りきって、家の中に入った。
 その大きな部屋は人で埋め尽くされていた。
黄色いドレスを着た娘がピアノを弾いている。娘のそばに立っている赤毛の長身な若い女は、有名な合唱団からきたということで、歌は彼女が担当していた。
彼女はシャンパンをかなり飲んでいて、困ったことに、歌の途中ですべてがとてもとても悲しいと決めつけてしまったらしい――彼女は歌うだけでは飽きたらず、涙まで流していた。
歌の合間を嗚咽《おえつ》で埋め、また歌詞があるところにくると、オブラートのかかったソプラノで歌いあげてゆく。
涙は頬を伝っていった――が、はらはらと、とは言えない。涙はマスカラを溶かしこんで黒く染まり、その流れる先に黒い筋ができていたから。
顔の音符《おんぷ》を歌ったらどうだという野次《やじ》が飛んだ。それを聞いた彼女は両手を振り上げて、酔いがまわったのだろう、椅子に崩れこんでぐっすりと眠りこんでしまった。
「あのひと、夫だっていうひとと喧嘩したんだって」と、ぼくの肘あたりで説明する娘の声がした。
 ぼくはあたりを見渡した。
いまや残った女たちの大部分は夫だという男と喧嘩中。
ジョーダンの仲間たち、イースト・エッグからきた四人組でさえ、議論が昂じてばらばらになっていた。
男たちの中にひとり、若い女優と妙に熱っぽく話しこんでいるのがいる。その妻は、最初は威厳を保って無関心に笑い飛ばそうとしたものの、その後頭にきて横槍を入れはじめた――間隔をおきながら、不意をうって怒れるダイアモンドのみたいに夫のかたわらに現れ、その耳にするどく「約束がちがう!」の声を注ぎこむ。
 家に帰りたがらないのは浮気な男たち以外にもいた。
ホールにはかわいそうなほど酔いがさめてしまった男が二人、それから、ひどく憤慨しているかれらの妻。
彼女たちはちょっと高めの声でおたがいに同情しあっていた。
「うちのひと、わたしが楽しんでるのを見るといつも、家に帰ろうなんて言いだすんですよ」
「なんてわがままな。そんなのって聞いたことありません」
「うちはいつも最初に帰るんです」
「うちもうちも」
「ねえ、今夜はぼくら、いちばん最後の組だよ」と、片方の夫が頼りない声をかける。
「オーケストラも三十分前に引き上げちまったんだから」
 妻たちのおしゃべりはそんな意地悪など信じられないという意見で一致したというのに、議論が喧嘩腰に近い形になったところで打ち切り。妻たちはともに抱え上げられ、じたばたあがきながら、外へと連れ出された。
 ぼくがホールで自分の帽子がくるのを待っていたところ、書庫の扉が開き、そこからジョーダン・ベイカーとギャツビーが並んで出てきた。
ギャツビーはジョーダンに念押ししておきたいことがあったみたいだったけど、別れの挨拶をするために何人かが近寄ってくるのを見てそれを引っこめ、ぐっと態度を引き締めた。
 ジョーダンの仲間たちがポーチからいらだたしげに呼んでいたけれど、ジョーダンはしばらく握手のために居残っていた。
「とにかくもうびっくりするような話だった」とささやく。
「出てくるまでどれくらいかかった?」
「ん、一時間くらいだね」
「そりゃあもう……ただただびっくり」彼女はうわのそらで繰りかえした。
「でも言わないって約束したから、ここはじらしちゃおうかな」
彼女はぼくにむかって優美にあくびをしてみせた。「ね、会いにきて……電話帳……ミセス・シガニー・ハワードって名前のところ……私の叔母よ……」
とだけ言うと、急いで離れていった――小麦色の手がのんきそうに振られたかと思うと、彼女は表にいた仲間の間に溶けこんでいった。
 
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