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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter3-3

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 庭のステージではダンスがはじまっていた。若い女をひたすら押しまくっては果てしなく無様《ぶざま》な円を描きつづける老いた男たち。隅のほうには、欺瞞的に、ファッショナブルに手を取り合う上流者同士のカップル。――そして、勝手気ままにおどりまくり、オーケストラのリズム隊からバンジョーやパーカッション類をしばらく拝借したりと、やりほうだいの小娘たち。
深夜、馬鹿騒ぎは頂点を極めていた。
著名なテナーがイタリア語で歌うと、悪名高いコントラルトがジャズを歌う。庭中の人々の間でおたがいの「隠し芸」が披露され、その一方、楽しげで無内容な笑い声が炸裂し、夏の夜空にこだまする。
コンビになった舞台芸人が――それが、さきほど会った黄色いドレスの二人組だと気づいたのは後になってのことだったが――衣装をつけて幼稚な芝居をやる。シャンパンがフィンガーボールよりも大きなグラスでふるまわれる。
たゆまず昇りつづける月が海峡に浮かべる銀の三角影は、芝生から滴りおちるブリキみたいに堅いバンジョーの響きに、ゆらりゆらりと揺れている。
 ぼくは相変わらずジョーダン・ベイカーといっしょにいた。
ぼくらのテーブルにはぼくと同世代の男がひとり、騒がしい小娘がひとりいて、この女はつまらない刺激に反応してけらけらととめどなく笑っていた。
ぼくはいまやパーティーを楽しんでいた。フィンガーボール二杯分のシャンパンを干したせいか、眼前の景色はどこか意義深く、根本的で、深遠《しんえん》なものに変化していた。
 座興《ざきょう》が途切れたところで、男はぼくにむかってほほえんだ。
「尊公の御顔は良く存じ上げております」とかれは礼儀正しく言った。
「戦争中、第一師団におられませんでしたか?」
「あ、はい。第二十八歩兵連隊にいました」
「私は一九一八年まで第十六歩兵連隊におりました。何処かで御見掛けしたと思っていたのですよ」
 それからぼくらは、フランスの湿っぽい灰色の村々のことなどについて話を交わした。
この人物が付近に住んでいるというのは明らかだった。買ったばかりの水上機に、明日の朝に乗ってみるつもりだと言う。
「尊公、御一緒に如何でしょうか? ほんの海峡沿いの海岸辺りまで」
「時間は?」
「何時でも、御都合の宜しい時に」
 ぼくがこの紳士の名前を聞こうと口を開きかけたとたん、ジョーダンがこっちを向いて笑いかけてきた。
「前よりもずっとね」
ぼくは新しくできた知り合いの方にふたたび向き直った。
「こんなパーティーは、ちょっと不慣れなものでして。まだご主人にもお会いしていないんです。ぼくはこの向こうに住んでいまして――」
ぼくは見えない垣根の向こうを手振りで示した。「こちらのギャツビーという方が運転手に招待状を持たせてよこしたんですが」
 男はしばらくぼくをじっと見つめていた。まるでぼくの言ったことを理解しかねるといったようすだ。
「私がギャツビーです」とつぜん、その男は言った。
「ええっ!」ぼくは思わず叫んだ。「いや、これはとんだ失礼をしました」
「御存知《ごぞんじ》だと思っていたのです、尊公。いや、これは気の利かぬ招待主で恐縮です」
 かれは、理解を感じさせるほほえみを浮かべた――理解を感じさせるどころではない。
まれにしか見られない、あの、潰えることのない安らぎを与える、一生に四、五回しか見うけられないほほえみだった。
それは、永遠の世界全体に向けられ――というか、向けられたように見え――たかと思うと、次の瞬間、あなたに、あなたの願望についての、あえて異を唱える気も起こさせないような思いこみをこめて、一心に注がれる。
それは、あなたが理解してもらいたいと思っているところまで理解し、信じて欲しいと思っているところまで信じ、伝えられればと望む最上《さいじょう》のあなたらしさを確かに受け取ったと安心させてくれる。
そう思ったとたん、そのほほえみは忽然《こつぜん》と消えた――そしてぼくの目の前には、若くて優雅な田舎紳士、年は三十に一つ二つ加わったという程度、ひとつ間違えば馬鹿馬鹿しく響きさえする堅苦しい話し方をする青年がいた。
かれの自己紹介を受ける前、言葉を注意深く選んでいるなという印象を強く受けていたものだ。
 かれが名乗ったのとほぼ同時に、執事が急ぎ足でやってきて、シカゴから電話がかかってきていることを伝えた。
かれは、ぼくらひとりずつに軽く会釈をし、中座を詫びた。
「何か御座いましたら遠慮なく御申し付け下さい、尊公」とぼくに向かって言う。
「失礼致します。後ほどまた御目に掛かりましょう」
 かれが行ってしまうと、ぼくは即座にジョーダンの方に向き直った――ぼくの驚きを分かってもらいたくて。
ぼくは、ミスター・ギャツビーのことを赤ら顔のでっぷり肥《ふと》った中年男だとばかり思っていたのだ。
「あれはどういう人? 知ってる?」
「つまりギャツビーという名前の男ね」
「どこの出か、ということなんだけど? それから、何をやっているのか」
「今度はあなたがそのテーマにとりかかったわけね」とかすかに笑って応えた。
「えっと、前にオックスフォード卒だって言ってたことがあったっけ」
 かれのバックグラウンドがおぼろげながら形をとりはじめた。が、次の言葉を聞いて、それは消え去った。
「でも、嘘じゃないかな」
「なぜ?」
「わかんない。あそこに行ったことがあるひとだとは思わないってだけ」
 その言葉に含まれていた何かは、あの娘の「あの人は人を殺したことがあるんだと思う」を思い起こさせ、ぼくの好奇心をかきたてた。
ギャツビーがルイジアナの沼沢《しょうたく》や、ニューヨークはイースト・サイドのダウンタウンから出てきたというのなら、ぼくはそれを受け入れていただろう。
それならば説得力がある。
だが若者は決して――ぼくは未熟な田舎者だからこう信じるにすぎないのかもしれないけれど――決して、どこからともなくでしゃばってきて、ロング・アイランドの豪邸を買ったりはしないものなのだ。
「とにかく、大きなパーティーを開くひとね」具体的な話を好まない都会風の如才《じょさい》なさを発揮して、ジョーダンは話題を変えた。
「わたしは大きなパーティーが好き。くつろげるから。小さなパーティーだとプライバシーがぜんぜんなくって」
 突如、バスドラムが一打ちされて、オーケストラ指揮者の口上《こうじょう》が庭の空疎なやりとりを吹き飛ばさんと響き渡った。
 
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