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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter3-2

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
「あのひと、だれとでも、だれひとりともトラブルを起こしたくないみたい」
「だれがです?」とぼくは訊いた。
「ギャツビー。聞いた話だけど――」
 二人の娘とジョーダンは、あたりを気にするように身を乗り出した。
「聞いた話だけどね、あのひと、人を殺したことがあるんじゃないかって」
 ぼくらの間に戦慄が走った。
三人のミスター・某もいまや身を乗り出し熱心に話を聞いていた。
「それはちょっと違うんじゃない」とルシルが疑問を挟む。「戦争中、ドイツのスパイをやってたってのがもっとありえそうな話だと思うんだけど」
 男のひとりがうなずいて賛意を示す。
「ぼくがあの男のことならなんでも知ってるってやつから聞いた話じゃ、そいつとあの男はドイツで一緒に育ったらしいぜ」と、肯定的な証言。
「まさか」と最初の娘が答えた。「そんなはずない、だってあのひと、戦争中はアメリカの陸軍に入ってたんだもの」
ぼくらの注目をとりもどした彼女は熱っぽく身を乗り出した。
「他人の視線から逃れたと思って気をゆるめたときのあのひとの姿、見たことないかな。
あれは人を殺したことのある男ね、賭けてもいい」
 と言って目を細め、体をぶるっと震わせた。
ルシルも震えた。
ぼくらは揃って振りかえり、きょろきょろとギャツビーの姿を求めた。
かれは他人にロマンを感じさせる男だった。この世にひそひそと話す必要性をほとんど認めない連中に、こうしてひそひそと話させたというだけで、それはじゅうぶんに証されたわけだ。
 最初の晩餐《ばんさん》――夜更けにもう一度出るらしい――がふるまわれていた。ジョーダンはぼくを招いて自分の仲間たちとひきあわせてくれた。庭の反対側にあったテーブルを囲んでいた連中だ。
夫婦連れが三組、それからジョーダンのエスコート役。辛辣《しんらつ》な皮肉ばかり言っているしつこい大学生で、遅かれ早かれジョーダンが自分に屈し、多かれ少なかれ自分を頼みとするようになると思っているのが態度にはっきり表れていた。
この連中はうろうろ席を立って回らず、その代わりに型にはまった威厳を保ちつづけ、それを田舎じみた昔ながらの気品にみちた社交辞令《しゃこうじれい》で飾りたてる――ウェスト・エッグ風に格を落としながらも、注意深く、そのけばけばしい陽気さからは身を遠ざけるイースト・エッグそのものだった。
「抜け出そうか」とジョーダンがささやきかけてきた。すでに三十分ほど意味のない時間を空費していた。
「これはちょっとおとなしすぎる」
 ぼくらは立ちあがった。招待主に会いにいくのだと、ジョーダンがまわりに説明する。このひと(ぼくのことだ)、まだ一度もかれにあったことがないからどうしても落ちつけそうにないらしくて。
大学生はシニカルな、メランコリックな印象を与えるうなずきかたをした。
 カウンターをぼくらは最初にのぞいてみた。かなり人が集まっていたけれど、ギャツビーはいなかった。
ステップの最上段に立ったジョーダンの目にもギャツビーはつかまらなかったし、ベランダにもいなかった。
なりゆきでぼくらは荘重なドアを試した。中に入ってみると、そこは天井の高いゴシック風の書斎で、彫刻入りのオーク板が羽目板として使われていた。おそらくは海外の打ち捨てられた屋敷から一切合切《いっさいがっさい》を運んできたのだろう。
 そこには中肉の中年男がいた。梟《ふくろう》の瞳を思わせるやたら大きな眼鏡をかけ、いささか酔って、巨大なテーブルに座りこんでいる。散漫なようすもうかがえたけど、視線はじっと本棚に向けられていた。
ぼくらが入っていくとかれはくるりと振りかえり、ジョーダンを頭のてっぺんからつま先までじろじろ見た。
「どう思う?」といきなり絡んでくる。
「なんのことです?」
 かれは手を動かして本棚を示した。
「あれのことだよ。実際のところ、きみらは確かめなくていい。
私が確かめてみたから。
本物だよ」
「本が?」
 かれはうなずいた。
「まったくの本物だ――ページもなにもかも揃ってる。
私は全部もちのいい厚紙で作ったんだと思っていた。
実際のところ、どれもまったくの本物だ。
ページも――ほら! お目にかけようか」
 ぼくらの疑わしげなようすを見て、かれは本棚に飛びつき、『ストッダード・レクチャーズ』の第一巻を手にもどってきた。
「ごらん!」かれは勝ち誇ってわめいた。
「正真正銘《しょうしんしょうめい》の印刷物だよ。みごとにしてやられた。
ここのやつはベラスコーの常連だな。見事なもんだ。
まさに完璧だ! これぞリアリズム! しかも引き際を知っていて――ページを切ってない。
それにしても、きみらはなにをしにきた? なにを捜している?」
 かれはぼくから本を奪いとって本棚にもどした。ぶつぶつと、煉瓦《れんが》一つ外しただけで書庫全体が崩れ落ちるかもしれない、などとつぶやきながら。
「だれかに連れてこられたのか?」とかれがふたたび絡む。
「それともふつうにきたのか? 私は連れてこられたんだ。ほとんどの連中は連れてこられてる」
 ジョーダンは黙ったまま面白そうに男を観察していた。
「ルーズベルトという女が私を連れてきたんだ」とかれは言葉を続けた。
「ミセス・クロード・ルーズベルト。名前くらいは聞いたことあるだろう? 私はあの女と昨晩どこかで会ったんだ。
ここ一週間ずっと酔っ払ってるからね、私は。それで書庫に座っていれば酔いも覚めるかと思ってさ」
「覚めましたか?」
「すこしくらいは、たぶんね。まだ分からない。きて一時間くらいしか経ってないしな。
本の話はしたっけ? あれは本物だ。どれもみな――」
「それはお聞きしました」
 ぼくらは重々しく握手を交わし、ドアの外に出た。
 
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