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A Dog of Flanders 12 フランダースの犬


Ouida ウィーダ
AOZORA BUNKO 青空文庫
 それでも、ずっとこの村で育ってきて、子どもの頃は皆から甘やかされ、ほめられてきた、まだ十六歳にも満たない少年にとって、無実の罪のためにこの小さな村で村八分の目にあうことは、大変つらいことでした。
寒々とした、雪に閉ざされた、食べるものも十分にない冬の季節には、とりわけこたえました。というのは、この季節には、唯一の光と暖かさといえば、村の家々の暖炉のそばと、隣近所の人と交わす優しい挨拶しかなかったからです。
冬の間は、みんな互いに身を寄せ合いました。ネロとパトラッシュだけが別でした。もうだれも二人にかまってくれません。それなのに二人は、体の不自由な寝たきりの老人と一緒に暮らしていかなければなりませんでした。 そして、暖炉にくべる薪も十分にはなく、食べるパンがないこともたびたびでした。というのは、ある買い手がアントワープからラバを引いてやってきて、いろいろな農家からミルクを買いにやってきたのです。それで、その買い手の条件を拒んで緑の荷車を裏切らないでいてくれた家は、三、四軒くらいになってしまったのです。
パトラッシュが引く荷車はとても軽くなり、ネロの財布の中の小銭も、同じようにとても少なくなりました。
 いつも通り、パトラッシュはよく知っている家の前で止まりますが、今や扉は閉ざされたままです。パトラッシュは、物欲しそうに彼らを見上げて、無言で訴えます。村人たちにとっても、扉を閉ざすだけでなく、心まで閉ざしてパトラッシュに荷車を空のままで引かせるのは、つらいことでした。
それにもかかわらず村人たちはそうしました。なぜなら、村人たちは、コゼツのだんなを喜ばせたかったからです。
 まもなくクリスマスでした。
 天気はひどく荒れ、厳しい寒さが続きました。
雪は、二メートルほども積もりました。そして至るところに氷が張って、牛や人間が乗っても割れないほど固く凍っていました。
この季節は、小さい村は、いつもにぎやかで楽しそうでした。
一番貧しい家でも、ミルク酒やケーキを作り、冗談を言ったり踊ったりしました。砂糖菓子の聖者像や金ぴかのキリスト像がかざられたりもしました。
陽気なフランダースの鐘が馬車の馬につけられ、あちこちで鳴っていました。どの家の中でも、なべにはこぼれんばかりのスープが湯気をたてていて、ストーブからは煙が立ちのぼっていました。そして、明るい色のスカーフと厚手のスカートをはいた少女たちが、ミサの行き帰りにパタパタ音を立てて走っている姿が、至るところでみられました。
ネロとパトラッシュのいる小さな小屋だけが、とても暗く、ひどく寒いままでした。
 ネロとパトラッシュはまったく孤独のまま取り残されてしまいました。というのは、クリスマスの前の週のある晩、死に神がこの小屋にやってきて、貧乏と苦労以外は何も知らなかった、年老いたジェハンじいさんの命を永久に奪っていったからでした。
ジェハンじいさんは、もう随分長い間死んだも同然の状態で、ときどきかすかな身振りをする以外は、動くこともありませんでした。また、やさしい言葉をかけてくれたりする以外は、無力でした。それなのに、ジェハンじいさんに死なれてみると、二人はぞっとするほど恐ろしい気がしました。二人は、ひどく悲しみました。
ジェハンじいさんは、眠っている間に亡くなりました。明け方に、二人はジェハンじいさんが亡くなったことを知りました。ことばで言い表せないようなさびしさとわびしさとが、ひしひしと迫ってくるように感じました。
ジェハンじいさんは、もう長い間、貧しくて弱々しい、体が不自由な、ただの老人でした。二人を守るために、手を上げることすらできませんでした。けれども、ジェハンじいさんは、二人を深く愛していましたし、笑顔で帰りを迎えてくれました。
 白い雪の降る冬の日に、二人は小さな灰色の教会のそばにある名もない墓地に、ジェハンじいさんの亡きがらを送っていきました。その間中ずっと二人は、ジェハンじいさんの死を悲しみました。どんななぐさめの言葉も耳に入らなかったことでしょう。
ジェハンじいさんの葬式の会葬者は、じいさんが死んでこの世に二人きりで取り残された、若い少年と年をとった犬だけでした。
「こうなったら、うちの人だって優しくなって、かわいそうな少年をうちに来させるようになるだろう」 暖炉のそばで煙草を吸っていた夫をちらっと見て、こう粉屋の奥さんは思いました。
 コゼツのだんなは、彼女の考えを知っていました。けれどもいっそう意固地になって、小さい、粗末な埋葬の列が通り過ぎたときも、扉を開けようとはしませんでした。
「あの子は、乞食だ。アロアのそばには来させん」と、彼は心の中で思いました。
 粉屋の奥さんは、あえて何も言いませんでした。けれども葬式が終わり、会葬者が去った時、永久花(乾燥しても、もとの形や色が長く変わらない、ムギワラギクなどの花)でできた花輪をそっとアロアに手渡し、雪をかきわけ、黒い土がかぶせられた、印もない塚にそれを置いてくるように言いつけました。
 ネロとパトラッシュは、悲しみに暮れながら家に帰りました。
けれども、この粗末な、陰気な、わびしい家でさえ、彼らを慰めてはくれませんでした。
 ひと月の家賃を滞納していました。そして、ジェハンじいさんのお葬式の費用を払い終わったとき、ネロにはもう小銭も残っていませんでした。
彼は、小屋の持ち主である靴屋のところに行って、家賃の支払いを待ってくれるよう頼みました。この靴屋は日曜の夜になると、いつもコゼツのだんなのところに行って、一緒に酒を飲んだりたばこをふかしたりしていました。
靴屋は聞き入れようとしませんでした。
彼はきつい、ケチな男で、お金が好きでした。
彼は、家賃を支払わないのなら、小屋の中の棒や石、なべやかままで一切合切家賃の代わりに持っていくといい、ネロとパトラッシュに翌日小屋を出て行くように言いました。
 小屋はとても粗末で、ある意味ではとてもみじめでした。けれども、二人は、この小屋をとても愛していました。
二人は、ここでとても幸せな時を過ごしたのです。夏にはブドウの蔓がおおいかぶさり、豆の花が咲いているこの小屋は、日差しに照らされた野原の中で、とてもすてきに明るく見えました。
二人は、一生懸命働いてきましたが、とても貧乏でした。それでも、二人は満ち足りていました。二人で一緒に喜びいさんで走って家に帰ってくると、必ずおじいさんが微笑んで迎えてくれたのでした。
 一晩中、少年と犬は、火の気のない暖炉のそばに座っていました。ぴったり寄りそって体を暖めあい、悲しみをなぐさめあいました。
二人の体は寒ささえ感じなくなり、なんだか心までがすっかり凍えたような気がしました。
 
Copyright (C) Ouida, Kojiro Araki
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