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A Dog of Flanders 11 フランダースの犬


Ouida ウィーダ
AOZORA BUNKO 青空文庫
 雪の中、アントワープからの帰り道のことでした。雪は、フランダース地方の平野を、まるで大理石のように固くなめらかにしていました。そこで、二人はタンバリン奏者の格好をした小さな人形を拾いました。赤色と金色の服を着て、高さは十五センチほどでした。高い地位にある人が運から見失われて転落した場合と違って、この人形は転落してもまったくよごれておらず、傷もついていませんでした。
それは、かわいらしいおもちゃでした。
ネロは持ち主を探そうとしましたが、どうしても見つかりませんでした。ネロは、それならアロアにあげて喜ばせてあげよう、と思いました。
 ネロが粉屋を通り過ぎたときは、もう夜遅い時間でした。ネロは、アロアの部屋の小さな窓をよく知っていました。
持ち主の分からない小さな人形をアロアにあげることは、何も悪いことではないと、ネロは思いました。なにしろアロアとは、ずっと長い間遊び仲間だったのですから。
アロアの部屋の窓の下には、傾いた屋根のある小屋がありました。ネロはここによじ上り、窓格子をそっとたたきました。室内には小さな灯りがともっていました。
アロアは窓を開け、半ばおびえながら外を見ました。
 ネロは、タンバリン奏者の人形を彼女の手に入れました。
「アロア、この人形、雪の中で見つけたんだ。アロアにあげるよ。アロアに神様のお恵みがありますように!」と、ネロがささやきました。
 アロアがお礼を言う間もなく、ネロはすばやく屋根から降り、暗闇の中を走り去っていきました。
 その晩、粉屋で火事がありました。
外の建物ととうもろこしの多くが焼けました。けれども、風車小屋と家は無傷でした。
村中みな家の外に出て、火事にびっくりしてしまいました。そして、消防車が雪の中、アントワープから駆けつけてきました。
粉屋は保険をかけていたので、何も損はしませんでした。けれども、彼はものすごく怒って、火は事故ではなく、誰かの悪意による放火だ、と大声で決めつけました。
 ネロは眠りから覚めて、他の人たちと一緒に消火の手伝いにいきました。コゼツのだんなは、怒って彼を押しのけました。
「おまえは日が暮れてからこのへんをうろついていたな。おまえは、他の誰よりも今度の火事のことを知っているはずだ」 コゼツのだんなは、荒々しく言いました。
 ネロはぼう然として、返事もできませんでした。そんなこと、冗談でなければ言えるはずがない。けれど、こんな時に、どうして冗談が言えるのだろう、と思って、訳が分からなかったのです。
 それにもかかわらず、粉屋は次の日以降も、おおっぴらに村人たちにひどいことを言いました。少年に対して正式な告訴がされた訳ではありませんでしたが、ネロが暗くなってから何かよからぬ意図をもって粉屋の家の近くをうろついていたとか、アロアと付き合うのを禁じられて、コゼツのだんなに恨みをもっていた、といった類のうわさ話が広まりました。村人たちは、村一番の金持ちの地主の言うことでしたので、ただ盲目的に従いました。それに、どの家もみんな、自分の息子がアロアの財産をわがものにしてくれるのを願っていたのでした。それで、ジェハンじいさんの孫に無愛想な顔を見せ、冷たい言葉しかかけないようになりました。
誰もネロに対して面と向かっては何も言いません。しかし、村中のみんなが、粉屋の偏見に調子を合わせました。そして、ネロとパトラッシュがアントワープにミルクを運ぶためにミルクを集荷している農家の家々では、これまではにこにこ笑って明るく挨拶してくれていたのに、今ではろくに顔も上げず、ぶっきらぼうな言葉しかかけませんでした。
誰も、粉屋のばかげた疑いや、途方もない非難を本気で信じてはいませんでした。けれども、村人たちはみなとても貧しくて、無知でした。そこに、一人の金持ちの男がネロを非難したのです。
ネロは無実でしたが、友だちがいませんでしたので、人々の気持ちがネロから離れていくことをせき止める力はありませんでした。
「あなたは、あの子になんてひどい仕打ちをするの」 粉屋の妻が、彼女の主人に泣いて訴えました。
「もちろんネロは無実だし、あの子は人を裏切ったりしない子ですよ。どんなに心が傷ついていたって、そんな悪いことをしようだなんて、夢にも思うはずはありません」
 けれどもコゼツのだんなは、頑固な男でした。心の奥底ではよくないことをしているのだと知っていましたが、いったん言い出したら、聞きません。
 一方、ネロの方は、不満を言うのは馬鹿げていると思い、自尊心をもってがまん強く、ひどい仕打ちにじっと耐えていました。年老いたパトラッシュと二人きりのときに、少し気が弱くなるだけでした。
それにまた、ネロはこう思いました。「コンクールに優勝することができれば! そのときはみな、きっと済まなかったと思うに違いない」
 
Copyright (C) Ouida, Kojiro Araki
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